3.解答
居酒屋のホールに、警察と容疑者の全員が集められた。
「赤坂さん、彼――虎屋さんでしたっけ? ――本当に大丈夫なんですか?」
刑事の一人が赤坂に問う。
「言わばわたしの師匠のような人物ですよ」
「赤坂さんの師匠……! それなら……」
虎屋は嘆息する。
「なんかえらくハードルを上げてくれたな……」
足立と巳上が、刑事に連れられて現れた。
「これで全員揃ったな。それじゃあ頼むよ、独歩くん」
虎屋は一つ深呼吸をした。そして口を開く。
「さて――結論から言いましょう。鮫島くんを殺した犯人は巳上さん、共犯者が足立くんです」
「は――? ちょっと待って!? なんの根拠があって!?」
足立が大声を上げる。
「足立くんの荷物の中にあった避妊具。順当に考えれば、今夜、僕達のグループの中の誰かと性行為をする予定だったということでしょう。では、相手は誰か。足立くんが同性愛者である可能性もありますが、普段の態度から巳上さんと恋愛関係にある、と推理しました。愛する人のためなら、殺人の隠蔽に手を貸すことも有り得る話だ」
「……確かに、わたしと足立くんは付き合っていた」
巳上に視線が集まる。
「秘密にしていたのはごめん。でも、わたしは鮫島くんを殺していない! そもそも、男子トイレに女子が入ったら、目立ちすぎるでしょう!」
「いや、この店のトイレは、まず共通の入り口があって、それから、男子トイレと女子トイレの入り口に分かれている。女子トイレから男子トイレに目立たず移動するのは、難しいことではない」
虎屋はトイレの方を指差した。
「……それはそうだけど、男子トイレには目撃者がいたんだろう? だから無理だ」
足立が反論する。
虎屋は頷く。
「そう。まさしくそれが問題だ。ではここで、男子トイレの人の出入りを、時系列で整理してみましょう」
虎屋はゆったりと歩き出して、聴衆の前を行ったり来たりし始める。
「まず、福島さんがトイレに入った。それから、鮫島くんが入った。そして、福島さんが出て、その後すぐに足立くんが入った。最後に僕が入って、足立くんと一緒に遺体を発見した」
「これでは、誰にも犯行は不可能ですね」
赤坂が補足する。
「そうですね。ところで、僕は疑問に思っている点がありました。福島さんが見た鮫島くんは、ショルダーバッグを持っていた。しかし、僕の記憶では、彼はバッグを置いてトイレに行った」
「だから、なんなんだ?」
足立の声は鋭く尖っていた。
「つまり、鮫島くんのバッグは、後から現場に持ち込まれたんですよ。そして、それができるのは、足立くんしかいない。福島さんが見た鮫島くんは、実際は足立くんだったんですよ」
虎屋は足を止めると、力強くそう言った。
聴衆の間にざわめきが広がる。疑問と困惑の声が上がる。
赤坂だけが――ああ、そういうことだったのか、と呟いた。
「足立くんも鮫島くんも身長が高い。体格が似ているんですよ。実際は差があるが、見ず知らずの福島さんが気付かなくてもおかしくない」
虎屋はまたうろうろと歩き出す。
「先ほどの説明した時系列は見せかけです。実際はこうです。鮫島くんがトイレに入って、それから、巳上さんが、女子トイレから移動してきた。巳上さんはレインコートを着て、鮫島くんを殺害した。その後、巳上さんがまだ個室に残っている間に、福島さんがトイレに入ってきた。巳上さんは、ラインで足立くんに連絡し、ショルダーバッグを持ってきてもらった。ショルダーバッグを持った足立くんを、福島さんは鮫島くんと勘違いした。福島さんが出た後、巳上さんが出て、最後に足立くんが僕を呼んだ」
「実は、福島さんより先に、鮫島くんがトイレに入っていた。だから、目撃者のいない時間帯が存在した、というわけだな」
赤坂がまとめる。
「ふーん。それが正しいとしたら、なんで、わざわざショルダーバッグを持ってこさせたの?」
巳上が平坦な声で訊く。
「福島さんが覚えているとは限らないのに。密室を作りたいなら、もっとリスクの小さい方法がいくらでもあるはず」
「逆ですよ。福島さんが覚えていたが故に、この事件はたまたま密室が成立してしまった。あなたの本来の目的は、ショルダーバッグ――正確にはその中のスマホなんじゃあないですか?」
「そうか、指紋認証か!」
赤坂が声を上げる。
「遺体の指で指紋認証を解除する必要があった。だから、現場にバッグを持ってこさせたのか!」
「そうです。ああ、バッグを血で汚したのは、血の付き方で、後から持ってきたことがバレないようにするためでしょう。では、なぜスマホが必要だったのか。当然ですが、機械そのものではなく、中にあるデータが欲しかったのでしょう。どんなデータかはちょっと分かりませんが、殺人に発展するほどのもので、可能性が高いのは……リベンジポルノ、といったところですかね」
「…………」
巳上は黙っていた。
虎屋は、彼女を真っ直ぐに見つめる。
「巳上さん。自供してください。警察が調べれば、鮫島くんのスマホのデータも、ラインの会話も、たとえ消去していても分かってしまう」
「……わたしが
巳上が口を開いた。彼女の頬を、涙が伝う。
「ずっと鮫島くんに脅されていた。誰にも相談できなかった。できないよ! あんなこと! 響貴くんに助けてって言えたのは、殺した後だった――」
彼女は頽れた。
「――ああ、そうか、ああ。殺す前に、響貴くんに打ち明ければよかったんだ。そうすれば、わたし一人で悩まずに――ああ――うあああああ」
ぼろぼろと涙が零れ落ちる。声を上げて、巳上は泣いた。
みんな黙っていた。彼女の声だけが響いていた。
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