第十五話「本当にやりたいこと」

流れ続ける沈黙の時間。私は言った。

「すぐには思いつかないかもしれないね。私は部屋に戻るから、一人でゆっくり考えて」

私はくるりと背中を向け扉に向かって歩き出す。ドアノブに手を掛けたところで彼女が呟いた。

「……あるの」

私は無言で振り向く。

「一つだけあるの、やりたいこと」

「じゃあやってみようよ」

「でも怖いのよ。みんなに変な子だって思われそうで」

「うーん、大丈夫じゃないかな?むしろ新しい風吹かせちゃおうよ。貴族の輪の中に飛び込んだ庶民って、ある意味おいしい立場だし」

エリナがいる立ち位置は異風を起こすにはもってこいだ。私の立場で新しいことをしようとしたら、それこそ学園内で浮いた存在になるだろう。

エリナは少し思案した後、決意を固めた様子で立ち上がった。

「そうね、アタシ、やってみる!」

私は彼女に笑顔で言う。

「うんうん、その意気だよ」

「そうと決まったら早速準備ね!」

「私も手伝うよ」

けれども彼女は首を振った。

「アンタは文芸クラブの課題があるでしょ?アタシ一人で充分よ!」

エリナはそう言うと私を部屋の外へ押し出した。

「ちょっと!?」

振り向いたと同時に目の前で扉が閉まる。完全に追い出された形になった。

「……まぁ、彼女の言葉を信じてみるとしますか」

私は大人しく自分の部屋に帰ることにした。


翌朝、ヴァレッタと共に廊下を歩いていると、目の前に人だかりができていた。

何事かと思い近くの生徒に尋ねる。

「何がありましたの?」

「これはこれはタルコット子爵令嬢、聖女であるティーナ嬢が新しい同好会をお作りになられたそうなんですよ」

「ティーナさんが?」

人混みを掻き分けて行った先には一枚の張り紙があった。

それには『歌劇同好会、メンバー募集。興味のある方はティーナ・チェルニーまで』と書かれている。私は呆然と呟いた。

「歌劇……?」

歌の劇。恐らくオペラやミュージカルのことだろう。そこまではわかる。

私が気になるのは彼女が歌劇をやりたいと思った、その理由だった。

「簡単よ。アタシ歌うのが好きなの」

教室にいた彼女に質問をぶつけるとそんな答えが返ってきた。

「劇の方は?」

「それは……アンタが前に褒めてくれたからよ。悪い?」

「いや全然。むしろ覚えていてくれて嬉しいよ」

「忘れるわけないじゃない。あんな嬉しいこと初めて言われたんだもの」

ティーナはは頬を赤らめつつそっぽを向く。あの時私が伝えた本心を、彼女はずっと嬉しかった言葉として覚えていたようだ。私の方も嬉しい。

「あ、いたいた!」

するとそこへ見知らぬ二人の女子生徒が教室に入ってきた。彼女達はまっすぐ私達のところへやって来ると、ティーナに向かって言った。

「あなたがティーナさんよね?」

「そうですけど、どちら様ですか?」

「ごきげんよう。私は二年のツィアーラ。こっちは同じく二年のジュリーよ」

「よろしくね」

上級生二人がティーナに何の用だろうか。少し身構えてしまう。

けれども彼女達の目的は至って単純なものだった。

「張り紙を見たの。私達、歌劇同好会のメンバーになりたいのだけど、良いかしら?」

「もちろんです!お二人ともよろしくお願いします!!」

ティーナが興奮を抑えきれない様子で言う。そりゃそうだ。だって初めてできた同好会の仲間だもの。

「良かったですわね、ティーナさん」

「はい!私すごく感激してます!!」

猫を被った状態でも心から喜んでいるのがひしひしと伝わってくる。

そして二人が去った後、私達は手を合わせて喜び合った。

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