第九話「フィアリダアンティーク店」

「ティーナって……あの聖女の!?」

殿方は驚愕の表情を浮かべた。どうやら彼女は聖女として他の者達にも有名人らしい。まぁ、当たり前か。乙女ゲーム世界のヒロインだものね。

「あら、よくご存知で――ってユイカ!」

ティーナは目を見開き、私の前世の名を叫んだ。

ここで私のことを『カルロ様』や『タルコット子爵令嬢』と呼ばなかったのはありがたい。後でたくさんお礼を言おう。

「お、おや、聖女様の友人でしたか。用事を思い出しましたのでこれで!」

殿方は逃げるように去っていった。

ティーナはその方向を見やりつつ頬を膨らませる。

「んもう、逃げちゃった」

「エリナからしたら彼はイケメン?」

「んー、見た目は良いけど中身がダメね。ちゃんとした男ならアタシに怖じ気づいてないわよ」

「それは確かに……」

聖女の肩書きはあれど彼女は一般庶民だ。それを知っただけで態度を変えるのはどうかと思う。

「ところでアンタ何してるのよ。ここ町中よ?」

「ちょっと行きつけのお店に用があってね」

「ふぅん」

そう言ったきり彼女は立ち去る気配がない。

「一緒に行く?」

「暇潰しにはなりそうね」

尋ねると彼女は間髪入れずに答えた。どうやら誘われるのを待っていたらしい。

一緒に行きたいならそう言えばいいのに。

思ったけれど口には出さなかった。

「着いたよ」

私が足を止めたのは町の片隅にあるアンティークショップ。

「フィアリダアンティーク店……ゲームには名前だけ出てきた気がするわ」

エリナが少し驚いた様子で言う。

「そうなんだ。ここ私のお気に入りなの」

「そう、早く入りましょ」

彼女は素っ気なく言って扉を開けた。

その瞬間軽快な音楽が鳴り出す。

「何これ入店音!?」

「そう、驚いた?」

「いやその、普通はコンビニとかにあるものよね?ベルの音とかならまだわかるけど」

場違いな入店音に明らかに驚いているエリナ。彼女のそういった表情はなんだか新鮮だ。

「あらカルロ様、いらっしゃいませ」

店の奥から出てきたのは店主のメルダさんだ。

「ごきげんよう、メルダさん。こちら私の親友のティーナさん」

「はじめまして~」

「ああ、さっき入店音に驚いていた子ね」

「いやその、ちょっと懐かしくて」

「もしかしてカルロ様と同じ世界から来た感じかしら?」

「あ、それはえっと……」

「そんな感じです!」

返答に詰まるエリナの代わりに答える。正確には私とエリナの世界は一つ次元がズレている。けれどもそれを説明するのは難しいので一緒ということにしておいた。まぁ、そんなに変わらないし。

「そうなのね」

ちなみにメルダさんには私が転生者であることを話してある。なんなら入店音のことを提案したのは私だ。これのお陰か、ちょっとだけリピーターになってくれるお客さんが増えたらしい。

「そうだメルダさん、アレ、直りました?」

「あぁあの羅針盤ですね。きちんと直りましたよ」

「ありがとうございます!」

修理代を支払いメルダさんが持ってきた羅針盤を受け取る。これで瞬間移動魔法で知らない場所に移動しても、方角がわかる。

「羅針盤って、コンパスじゃないの」

「そうだよ?タルコット家の伝統で必ず一人に一つ与えられるの」

「ふぅん。じゃあ大切なものなのね」

「うん。だから壊れても直して貰ってるんだ」

「そう……」

どこか憂いのある彼女の表情。

私はふと一つのアイデアが浮かんだ。

「そうだ、折角来たんだし何か買って行こうよ」

「悪くない提案ね。アクセサリーとかどう?」

「良いね!」

「アクセサリーならそっちの棚にありますよ」

メルダさんがアクセサリーコーナーを手で示してくれる。

私達は早速購入するアクセサリーを選ぶことにした。

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