102. イカ墨ブレス
「うーん、精霊……なのか?」
闇から飛び出してきたのは、黒髪の幼児といった風貌をしていた。ただし、額に2本の角がある。背中には蝙蝠のような翼、腰には立派な尻尾もあった。
「どうなのです、レステン?」
「これは……うーむ」
先ほどまでフライパンとの精霊契約について考え込んでいたレステンも我に返ったらしい。リリィから話を振られて、まじまじと幼児を観察しはじめた。
「基本的な特徴は悪魔種に通じるものがあるが、尻尾の形が明らかに違う。ドラゴンニュートに似ているが、闇属性か……ううむ前例はないな」
「おい、めちゃくちゃ嫌がってるぞ! というか食べられてるぞ、髪!」
推定闇精霊の幼児はレステンの手から逃れようともがき、それが叶わないと知るとレステンの髪を口に含みもしゃもしゃやりはじめたのだ。
だが、レステンに慌てた様子はない。
「ふふふ、それがどうしたというのだ。研究には犠牲がつきもの。些細な問題だよ」
なんというマッドな発言!
いやまぁ、犠牲にするのが自分の髪なら可愛いものではあるが。
とはいえ、幼児をいじくり回すおっさん教師というのは絵面がよろしくない。幼児にも助けを求めているような気配があったので、強引に引き剥がした。
「ほら、その辺にしておけ」
「お、おっと、これは失礼。私にはほんの少し、研究に集中してしまう悪癖があるんだ。いや、すまないね」
髪の毛をべちゃっとさせながら、レステンが悪びれた様子もなく微笑む。幸いにして、まだ髪は健在である。噛みちぎられなくて良かったな。
「む! ダーリンに抱かれたら大人しくなったのです! むむ!」
リリィの言葉通り、俺が抱き上げると幼児は大人しくなった。でも、視線が俺の頭にロックオンされている。俺の髪も食う気か……?
身の危険を感じた俺は、幼児を下ろした。幼児は俺をじっと見たまま、右足に縋り付いてくる。やけに懐かれてるのは、召喚者だからか?
「むむむ!」
「何をやってるんだ、お前は」
「リリィも負けられないのです!」
変な対抗心を燃やしたリリィが左側に貼りついてきた。非常に動きをづらい。
「はぁ…………それで、コイツはなんなんです?」
ため息を吐き出してから、レステンに尋ねる。ヤツはウキウキ顔で答えた。
「精霊なのは間違いない。それも、私も知らない未知の精霊だ。さて、どんな力を持っているのか……楽しみだ!」
つまり、精霊である以外何もわかっていないということだな?
まぁいい。それはおいおいわかることだ。さっさと儀式を終わらせてしまおう。
「次は契約か?」
「そうだね。とはいえ、君とその子は相性が良いらしい。そのまま名前をつけてやれば、契約は結ばれるだろう」
名前か。そういうセンスはないから、考えるのが大変なんだよな。デフォルトネームみたいなやつは……ないのか。
「リリィ、何かないか?」
助けを求めると、リリィは少し考える素振りを見せ、首を横に振った。
「ダーリンが考えた方がいいのです。大丈夫です! ダーリンの子なら、リリィは愛して見せるのです!」
何の話だ、何の。
しかし、リリィに断られてしまったので、自分で名前をつけなければならない。レステンはドラゴニュートがどうのと言っていたので、そこから付けるか。そうだな……
「よし、お前の名前なドラトだ。いいか?」
屈んで視線を合わせると、黒髪幼児はこくりと頷いた。
「うむ。これにて契約は結ばれた」
レステンが宣言する。特に何か変化があったわけではないが、ゲームシステム的には精霊契約が完了したらしい。
「それで、ドラトはどんな魔法を使えるんです?」
「それは私にもわからない。未知の精霊なのでね。本人に聞いてみるといい」
それもそうか。
でも、コイツ、喋れるんだろうか?
「ドラト、お前、魔法は使えるか?」
俺の質問に、ドラトが頷く。それだけだ。やっぱり喋れないのか?
「どんな魔法が使えるか、教えて欲しいんだが」
重ねて問うと、またコクリと頷く。どうするのかと思えば、ドラトは俺から離れて、とてとてと少しだけ歩いた。そこから右を向き、俺に見えるように口を開く。
「なんだ?」
「見せてくれるってことなのです?」
「おそらくね。さぁ、見せてくれ!」
俺たちが見守る中、ドラトが体に力を込める。直後、口からパフッと何かが吐き出された。パフッとだ。
「今のは……?」
「うむ、ブレス……ということだろうね」
「イカ墨みたいなのです」
言うなれば、イカ墨ブレスだろうか。しかも、最大限盛った表現でそれだ。
だが、ドラトはやりきったという顔だ。ショボいとも言いにくい。
「よ、よく見せてくれたな」
一応労ってやると、ニパっと笑って抱きついてくる。ますます文句をつけにくい。
「レステン、これはいったい……?」
「人型をとる精霊はたいてい強い力を持っているんだが……もしかしたら、生まれたばかりの精霊なのかもしれないな」
つまり、見たまんまの存在ってことか。将来的には強くなるかもしれないが、現状では戦力として期待できない、と。
「……他の精霊との契約は?」
「その様子じゃ無理だろう」
見れば、ドラトがいやいやと首を振っている。残念ながら、他の精霊との契約は認めてくれないようだ。
ってことは、精霊魔法も全滅……?
あ、諦めるな!
諦めずに探せば、俺と相性の良い魔法がきっとあるはずだ!
「次の魔法を教えてください!」
「あー……すまない」
俺のやる気とは対照的に、レステンは気まずげな表情で視線を逸らした。
「基礎魔法講座はこれで終わりなんだ。あまり力になれず、すまないね」
……え?
じゃあ、俺の魔法はどうなるんだ!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます