99. バグマスター
さて、ログイン完了。
昨日は拠点を見回ったところでログアウトしたので、実質的にはキャラメイクして、入学手続きをしただけ。本格的なゲームスタートは今日からということになる。
俺のログインに続いてリリィのアバターも姿を現した。とりあえず、ダイニングの椅子に座って作戦会議だ。
「さて、今日はどうするか」
「ダーリンの方針によるのです。手堅くやるなら、まず講義なのです」
「まぁ、それが一番丸いか」
グラン・マギステッドは魔術学園を舞台とするゲームだが、どう過ごすかはプレイヤー次第である。真面目に講義を受け学生生活を謳歌するもよし、講義をすっぽかして魔物討伐に明け暮れるもよし。非常に自由度の高い……ある意味では放ったらかしのゲームである。
何をするのも自由。しかし、ゲームシステムの根幹となる魔法を習得するには、最低限の講義を受講する必要がある。
それすらも、すっぽかすことはできるが、魔法メインのゲームで魔法を使わないのは楽しみの過半を投げ捨てているようなものだ。そういう縛りプレイも配信としては面白いかもしれないが、俺が求めるものとは違う。普通にゲームがしたいだけなので、まずは講義を受けるのが無難だろう。
「じゃあ、まずは本校舎だな」
「レステンに話を聞くのです!」
何かあればまずは教師のレステンに話を通せと言われているのだ。俺には自由に講義を受ける権利すらないらしい。
くそぅ、西原め!
完全に隔離されているので、本校舎まで行くにはかなり距離がある。
「くくく……待っていたぞ! “魔王喰らい”よ!」
わけのわからんことを宣いつつ笑うのは、痩身の男である。包帯を巻いた右手で、右目を隠すようなポーズに何か意味はあるのだろうか。プレイヤーらしく、頭上の表記は“バグマスター・スズキ”とある。
もちろん、知り合いではない。“魔王喰らい”などと呼ばれる心当たりもない。
「俺のことではないな。誰か別人のことだろう」
「そうなのです?」
「そんなわけあるかぁ! 他に誰もいないであろうがぁ!」
邪魔なので避けて通ろうとしたら、スズキが回り込んできた。迷惑なヤツだ。
「おい、見知らぬ人。邪魔だぞ。一人芝居はよそでやれ」
「芝居ではない! 貴様に話しかけておるのだ!」
「誰のことだ? もしかして、俺には見えない何者かがいるのか?」
「馬鹿を申すな! ショウよ、貴様だ。貴様に話しかけておる!」
「っち」
「舌打ちした!?」
そりゃするだろうが。名前を呼ばれなければ人違いで済ませられたものを。
「ダーリン。たぶん素直に話を聞いた方が早いのです」
「そうかもな……」
誠に遺憾ながら、リリィの言説に一定の道理を認めざるを得ない。俺は渋々ながら足を止め、スズキを睨みつけた。
「俺にいったい何の用だ」
「ふふふ、よくぞ聞いた。我こそは、この世界のあらゆるバグを極めし者、人呼んでバグマスター! 貴様もなかなかのバグ使いのようだが、この地において、我を超えられると思わんことだな!」
あー……なるほど?
「リリィ。コイツ、話ができないタイプだぞ。やはり無視した方がよかったんじゃないか?」
「むむむ……リリィが間違っていたかもしれないのです」
「そこぉ! こそこそ陰口を言うのはよくないぞ!」
「陰口はこそこそ言うものだと思うのです」
「揚げ足をとるな!」
面倒くさいやつに絡まれてしまったようだ……。
そもそもバグ使いって何だよ。そんなものになったつもりは一切ないぞ。
まともに取り合っても良いことはなさそうだ。適当にあしらってお帰り願おう。
「まぁ、お前の言いたいことはわかった。たしかに、俺では足元にも及ばないだろうな。さすがはバグマスター。お前が世界一だ! ……ではな」
「失礼するのです」
「ま、待てい! もうちょっと何かあるだろうが! お前のマスターの座も今日までだ、とか、お前がトップでいられたのは俺がいなかったせいだ、とか!」
早足で立ち去ろうとしたのだが、またもや回り込んで行く手を塞いでくる。ステータス差があるせいか、振り切るのは難しそうだ。非常に面倒くさい。
いい加減、苛立ちを抑え切れなくなってきた俺は、スズキの両肩を掴んだ。
それは単純に怒りをぶつけるためだけの行為。ゲーム開始直後の貧弱なステータスではヤツに何の痛痒も与えることはできないはずだった。実際、ヤツ自身にダメージを与えるようなことはない。
ただ、何故か――――ヤツの体が地面に沈んだ。
「は?」
「なにぃ!?」
「あちゃー、なのです」
三者三様の呟き。ここで聞き逃せないのが、リリィの“あちゃー”だ。この現象が仕様ではない可能性を示唆している。いやまぁ、見ればわかると言われればそれまでだが。
「な、なんだ。何をした? これは……まさか、我の知らぬバグ!?」
バグマスターは腰まで埋まった状態で、何とか抜け出そうと藻掻いているが、今のところうまくいっていない。というか、少しずつ沈んでいってないか?
これが俺の体質によって引き起こされた事態なのだとしたら、救助に手を貸すべきなんだろうが……
「行くか」
「なのです」
俺は無視して先に行くことにした。これまでのやり取りで、関わるべきではないとわかりきっているからな。結局のところ、自業自得というやつである。ご了承いただきたい。
「ま、待て、“魔王喰らい”! バグマスターの座をかけて、我と戦え! というか、どうなってんの、これ! 助けてー!」
背中越しにやかましい喚き声を聞きつつ、俺たちは本校舎を目指した。
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