97. 同情なんていらねぇよ

「さて、儂の設計したとて~も素敵な組み分け帽が異常動作を引き起こしたと言うたな? 確かめさせてもらうかの」


 学園長が短杖を振るうと、俺の被っている三角帽子が、ぷかりと浮かんだ。そのままふよふよと飛んでいき、それを学園長が受け止める。


「ふむ。これは確かに……」


 学園長は三角帽子をためつがめつ眺めつつ、あちこちいじり回している。かなり重いはずなんだが、俺と違ってひょいひょい持ち上げている。レベル差のせいだろうか。なんにしろ、ただの老人ではないらしい。


 しばらく観察して結論が出たのか、学園長はひょいと三角帽子を地面に下ろした。そうすると、もう完全に三角コーンである。


 その感想は俺だけのものではないらしく、周囲を取り囲む学園生の中には噴き出すような仕草を見せるヤツがチラホラ。


 プレイヤーっぽいな。やっぱり三角コーンだよなぁ?


 もちろん、空気を読んで口に出したりはしない。俺は一刻も早くこの状況を解消したいのだ。


「それで?」

「ふむ、確かに異常をきたしたのは間違いないようじゃ。外部から干渉した形跡が残っておる。それをなしたのは……お嬢ちゃんかの?」


 学園長の目がリリィに向いた。まさか、コイツの干渉に気づいたのか?


 どう対処したものか。と、思う暇もなく、リリィが反応する。


「そうなのです。リリィの魔術で止めたのです。このくらい、ちょちょいのちょいなのです!」

「ほっほっほ、それは凄い。将来有望じゃのぅ」


 魔術で止めた。リリィはそういうことにしたらしい。いや、ひょっとしたら、システムに干渉した上で、直接帽子をいじったのではなく、本当に魔術を介して止めたのかもしれない。


 いずれにせよ、学園長もリリィの言葉を疑っていないようだ。真っ白な髭をしごきながら、好々爺のように笑っている。


 これで騒ぎは収まるか。そう思えたのだが。


「だがまぁ、お嬢ちゃんの魔術と帽子の暴走は無関係じゃな。お嬢ちゃんが干渉したのは帽子が暴走したあと。そうじゃろ? ならば、この事態を引き起こした原因は別にある」


 学園長が再び俺を見た。その視線はやはり厳しい。明らかに俺を疑っている目だ。


 まぁ、そうなるか。だが、そんなことを言われてもな。


「俺を疑っているようだが、本当に何もしていないぞ。あの帽子が異常動作を引き起こしたのは――」

「勘違いしておるようじゃの」


 俺の言葉を遮って、学園長が一歩前に出た。短杖を突きつけて、今にも攻撃してきそうな雰囲気だ。


「が、学園長?」

「レステン君は下がっていなさい。危険じゃよ」


 学園長が傍らの教師を下がらせる。その視線は俺に向けられたまま。危険物扱いされてるのは、どう考えても俺だ。


「待て。どういうことだ?」

「何、簡単なことじゃよ。組み分け帽が虹色に輝くのは異常動作ではなく仕様なんじゃ」

「仕様……?」

「そうじゃ。優秀な魔術師を育てる魔術学園は、人類に敵する者たちにとっては厄介な場所。何らかの工作を受ける可能性が高い。じゃから仕込んでおいたのじゃ。敵対生命体を見分けるための仕組みをのぅ!」


 おいおいマジかよ!

 まさかそんな仕込みがしてあるとは。


 くそっ、西原め!

 これじゃ、どうあってもまともに遊べないじゃないか! どうにか……どうにか誤魔化すことはできないか?


「なんのこと――」

「この禍々しい気配。儂の見たところ、お主、邪眼呪人じゃな?」


 俺に喋らせるつもりはないらしい。よほど確信があるのか、俺の種族までピシャリと言い当てやがった。


「邪眼呪人……」

「まさか、そんな……」


 学園生の一部……おそらくNPCに動揺が走る。人魂が『かつての魔王の出身種族』とか言っていたから、そのせいかもしれない。恐れられているのは間違いないようだ。


「ダーリン、やるですか?」

「……いや、ちょっと待て」


 臨戦態勢に入ろうとするリリィを宥める。戦いは最後の手段だ。そうなってしまえば、まともなゲーム進行は望めないだろうからな。魔術学園が舞台のゲームで学園を出禁になるのは避けたい。


「学園長、あなたこそ勘違いをしている。俺は決して邪眼呪人ではない。招霊の庭に招かれた、異世界の者だ。ロッド先輩に聞いてもらえればわかる」

「ふむ。それはあとから確認させよう。じゃが、もっと簡単に確認する方法がある。そうじゃろ?」


 言わんとすることはわかる。邪眼呪人の最大の特徴は第三の目。学園長は俺にバンダナで隠した額を見せろと言っているのだ。


「……それだけは勘弁してもらえないか?」

「何故じゃ。それを外せば疑いは晴らせるんじゃぞ。本当に邪眼呪人でないと言うのなら、外さん理由はないと思うがのぅ?」


 挑発的に笑う学園長。周囲の疑いの目も強まっている。残念ながら拒絶できる状況にないらしい。


「……仕方ない。外そう」

「ほぅ?」


 俺の言葉に学園長が意外そうな顔をする。まさか、本当に外すとは思わなかったのだろう。


 装備はシステムを介して外すこともできるが、手動でも外せる。相手を刺激しないように、俺はあえて手動で外すことにした。ゆっくりとバンダナを取り去ると、額が露わになる。俺が直接見ることは叶わないが、そこには“全面降伏します”の文字が描かれているはずだ。


「え?」


 その呟きを発したのは誰なのか。緊迫した空気が、一瞬にして戸惑い一色になった。学園長の表情も一変している。V字を描いていた眉が上下反転してしまう有様。


「あ、その……なんかすまんの?」


 学園長が申しわけなさそうな顔で頭を下げた。


《学園長ダストン以下複数名の同情心がMAXになりました》


 なんだそのパラメーター!

 同情なんていらねぇよ!

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