94. 額に文字

 ゲーム開始から30分。俺は未だにアバター設定を終えられずにいた。ポンコツ人魂の提示する姿は、ことごとく人外、ことごとく人類の敵だったのだ。最初のアスラファイターなどまだ良い方だ。案山子だったり、スライムを無理矢理人型に押し込めたようなゼリー人間だったりと、奇抜すぎる種族が次々と提示されて頭を抱えるしかない。


「いい加減にしろ! 普通の人族にしろよ! なんで、こんなことになってるんだ!」

『回答します。これは魔術の神が、あなたの魂の姿を写し取った結果です』

「なんで俺の魂が、人類の敵になるんだよ! 責任者――その魔術の神とやらを連れてこい!」

『魔術の神はフレーバー的な要素であり、現在のところ、実装されておりません』

「メタい! それならさっきの“魂を写し取った”云々はなんなんだ!」


 いかん、落ち着け。冷静になれ。


 ポンコツ人魂に必殺チョップを食らわせたいという衝動をどうにか抑える。それで問題が解決するならいいのだが、余計にややこしくなる可能性が高い。うちにはすでにリリィとライという居候がいるのだ。無闇に増やすわけにはいかない。


「で、実際のところ、なんで人にならないんだ。というか、手動設定でもこの手のパーツって使えるのか? さっきのスライムボディとか明らかに人外だが」

『プレイヤーアバターに敵対生命体のパーツを流用することは認められていません。プレイヤー“ショウ”に対する特別処理になります』

「そんな特別扱いはいらん!」


 いったい、何だってそんなことに。問いただしてみると、人魂は妙にスピリチュアルなことを言い出した。


『天からの告げがあったのです。プレイヤー“ショウ”には相応しい姿を与えよと』

「あれのどこが相応しい姿なんだよ。というか、意味がわからん。なんなんだ、天の告げって。もっと具体的に話せ」

『では、再現しましょう』


“あ、これがショウさんのデータです。ホント、魔王みたいですよね~。せっかくですから、こっちでもそれっぽい立場になってもらいましょうか。きっと盛り上がりますよ~”


 それはおそらく完璧な再現だったのだろう。


「この声……もしかして!?」


 口調はもちろん声音まで、とある人物の特徴と一致している。それは、グラン・マギステッドの案件を持ってきた張本人の西原さんのものに思えた。


 無論、人魂の情報が正しいという保証はない。故意に偽情報を掴ませる理由があるとも思えないが、なにせポンコツだからな。


 とはいえ、だ。西原さん……いや、西原ならば、やりかねない。それはヴォーパルクックの案件でも身にしみている。さっきの音声再現を聞いて、俺は妙に腑に落ちたからな。


 間違いない……犯人は西原だ!!


「おい、人魂。パーツを通常仕様には戻せないのか?」

『固定化されているので無理です』

「くそがよ!」

『口が悪いですね。聞きしにも勝る魔王ぶりです』

「融通きかないくせに、煽りだけは一人前だな!?」


 殴りたい。こいつを今すぐ殴りたい。


 だが、待て。それこそが西原の狙いかもしれないぞ。俺がゲームを壊すことを期待している可能性がある。トラブル発生を盛り上がっていると勘違いしている節があるからな、あの人。


 絶対、思惑通りに進めてやらないからな!

 俺は普通にゲームがしたいだけなんだよ!


 こうなったら、細かいことにこだわっている場合じゃない。とにかく、無難にゲームを始められればそれでいい。


 幸い、今回提示されたアバターはまだ人間っぽい。唯一の違いは、額に第三の目があることくらいか。まぁ、その第三の目がかなり禍々しいのだが。黒ベースで瞳の部分だけが金色に輝いている。そこはかとなく邪悪な感じだ。


「一応、聞いておく。このアバターは人類の敵か」

『その通りです。邪眼呪人は災厄の象徴。かつて殺戮の限りを尽くした魔王の出身種族であることもあり、最優先討伐対象です』


 まぁ想定通り……でもないな。思ったよりもヤバい種族だった。


 だが、これでどうにかするしかない。次の当たりに期待するには、ランダム生成ガチャの外れ率があまりに高すぎる。キャラメイク後にリリィと合流する約束になっているので、あまり待たせるわけにもいかないのだ。すでに30分以上待たせているが。


「今のアバターの一部パーツを差し替えることはできるんだよな?」

『可能です』

「それなら額のパーツを変更してくれ。目が隠せるなら何でもいい」

『かしこまりました』


 姿見に映るアバターの額が光る。光が消えたあと、そこに禍々しい瞳はなかった。瞳は。


「……なんか文字が書いてあるように見えるが」

『“魚”ですね』

「こういうときは“肉”じゃないのか」

『肉ばかりだと栄養が偏りますよ』

「そういう問題じゃないのはわかるな?」

『はい』


 額に“魚”の文字。瞳より異種族感はないが、代わりに奇人感はアップだ。


「もっとマシなのはないのか?」

『今出せる物でしたら、オススメは春野菜の天ぷらですね』

「……出せる物なら出してみろ」

『かしこまりました』


 出た。額の文字が“春野菜の天ぷら”になった。くそが。


「文字がない状態にはできないのか?」

『邪眼呪人は額に瞳があるのが標準仕様なので、文字を消すと瞳が戻ります』

「そうかよ……」


 どうにもならないらしい。


 さらに数分のやり取りを経た結果、パーツをどうにかすることは諦めた。このゲームはどうあっても、俺の額に文字を描きたいらしい。


 幸い、初期装備のアクセサリーでバンダナ系を選べば額を隠すことができる。もうこれでいいだろう。さすがに、リリィを待たせすぎた。


「それじゃあ、これで頼む」

『かしこまりました。それでは良い学園生活を』


 そう思うならまともなアバターを用意してくれよ、本当に。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る