93. ようこそ、グラン・マギステッドの世界へ
『ようこそ、グラン・マギステッドの世界へ。ここでは魔術学園におけるあなたの姿を設定できます』
真っ黒な空間に人魂が浮かんでいる。その隣には巨大な姿見。そこに映っているのが、俺のアバターだろう。設定が行われていないせいか、今はマネキンみたいな姿だ。
『設定は手動、スキャン、ランダムで行えます』
今は最初のキャラメイクだ。グラン・マギステッドのアバターはかなり細かく設定できると聞いている。
容姿設定にこだわる人にとってそれは利点だ。しかし、俺みたいに大したこだわりがない人間だと、微妙に困るんだよな。設定項目が多すぎて、手間がかかるのだ。それでいて、できあがるアバターは微妙……まぁ、これは俺のセンスのなさに起因する問題だが。ともかく、煩雑なわりに微妙なアバターができるので俺としては手動設定という選択肢はない。
スキャンは、現実世界の俺の姿を写し取ってアバターとする。実物そのままではなく、身長の増減や髪色の変更、美形化などなど、手を加えることも可能だ。お手軽ではあるが、現実世界の自分がベースとなるので少々抵抗がある。特に、今回は動画配信を積極的にやるつもりだからな。多少加工をするとはいえ、不特定多数に見られると思うと気が進まない。
となれば、設定はランダム一択である。どんなアバターになるかわからないが、確定するまでは再作成可能だ。何度か繰り返していれば、それなりに満足できる姿ができるだろう。
「ランダムで頼む」
『かしこまりました。それでは偉大なる魔術の神が、あなたの魂の姿を写し取ります』
人魂がそう言うと、姿見が輝いた。強い光が収まったあと、鏡面に映ったのは阿修羅の如き人物だった。苛烈さの比喩とかではなく、見た目的に。アバターは六本腕になっている。
「お……? 多腕とは珍しいな。どんな種族なんだ?」
実のところ、俺はグラン・マギステッドというゲームについて、ほとんど何も知らない。事前に聞いているのは魔術学園マギステッドでの学生生活を楽しむライフシミュだということくらいだ。
まさか、プレイヤブルの種族に六本腕がいるとは。斬新だが、操作とかどうなるんだ、これ。
『回答します。アスラファイターは強固な肉体と優れた武術を誇る敵性生命体です。並の魔術師では太刀打ちできず、討伐するには上級魔術師が複数必要となることでしょう』
……は?
今、敵性生命体と聞こえた気がするが……聞き間違えか?
「今の回答は、この姿見に映っている種族に関する情報か?」
「その通りです」
「……俺がやっているのは、俺自身のアバターの設定だよな?」
『その通りです』
「……それなのに、このアバターは敵性生命体なのか?」
『その通りです。アスラファイターは人類の敵です』
その通りです、ではないが。なんで俺のアバターが人類の敵になってるんだよ。
いや、これはあれか?
プレイヤーに限ってはどんな見た目でも問題なく受け入れられるみたいな設定なのかもしれん。たしか、このゲームにおけるプレイヤーの立ち位置は異世界からの留学生だ。そういう事情があるので、多少見た目が違っても“異世界人だから仕方がない”で納得されるんじゃないか?
「もし、このアバターでゲームを開始したらどうなる?」
『学園はパニックになり、教師を筆頭とした討伐隊が組織されることになるでしょう』
「駄目じゃねぇか!」
違った。普通に人類の敵だった。
「頼むから、まともにプレイできる設定にしてくれ」
『お気に召さないようですね。では、再設定をしますか?』
「頼む」
『かしこまりました。それでは偉大なる魔術の神が、あなたの魂の姿を写し取ります』
再び、鏡が光る。新たに映し出されたのは――――なんだこりゃ?
「念のため聞くが、これは俺用のアバターなんだよな?」
『その通りです。プレイヤー“ショウ”用に調整中の仮アバターとなります』
「半分くらい蛸と混ざってるように見えるんだが……?」
上半身は人間だが、腰から下は蛸足だ。それも八本と言わずに、大量に生えている。正直、キモい。
『回答します。蛸ではなく、烏賊との合成人間です』
「細かいことはいいんだよ! これで、まともにプレイできるのか?」
『問題ありません。習熟はやや難しいですが、慣れれば全ての烏賊足もスムーズに動かせます』
なるほど、そうなのか……じゃないだろ!
俺が聞きたいのは操作性の話ではない。このアバターで始めたときの、NPCの反応だ。
「よし、質問を変えよう。このアバターは人類の敵か」
『その通りです。烏賊足人間は邪教徒によって生み出された改造人間で、即時討伐対象になります』
「そうだと思ったよ! やり直し!」
ポンコツすぎるだろ、この人魂!
だが、それも仕方がないのかもしれない。このゲーム、最近では珍しい、サイバノイドが制作に関わっていない、純人間製のゲームなのだ。
近年のゲームに登場するNPCは人間と遜色のない受け答えができる。だが、それはサイバノイドが登場以降、AIのパフォーマンスが劇的に向上したかららしい。では、それ以前の対話型AIはどうだったかというと平気で間違った情報を伝えてきたり、絶妙に質問の意図を外した回答をすることがあったそうだ。
この人魂がポンコツなのも、そういうことだ。それだけならまだしも、このゲーム、バグだらけである意味有名なのだとか。まぁ、さもありなんて感じではあるな。膨大な情報量を扱うVRMMOがほとんどバグなしで運営されているのはサイバノイドのおかげだ。それを人の手で運営しようとすれば、無理が出るというもの。アルセイの事件によって、サイバノイドなしでの運用を考える動きもあったが、結局は難しいって結論に傾きつつある。
ポンコツAI搭載のバグ盛りMMO。それがこのグラン・マギステッドというゲームの評価である。当然ながら過疎っている……が、一部界隈からは人気なのだそうだ。
何故、そんなゲームをやることになったのか。それはもちろん案件だからだ。依頼元はもちろん西原さん。つまりはこのゲーム、ヴォーパルクックの開発会社が作ったゲームなのである。
いやな予感しかしないぜ!
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