92. リリィ、物申す

「ダーリン。これはどういうことなのです!」


 仁王立ちのリリィが、諸国漫遊するご隠居のお供が掲げる印籠のように見せてきたのは、ごく普通のどこにでもある携帯端末だった。画面には、見覚えのある動画配信サイトが表示されている。何かと思えば、先日収録した“ヴォーパルクック”の案件動画のようだ。


「おっ、もう公開されたのか」

「公開されたのか、じゃないのです! リリィに内緒でウェルンとコラボ動画を出すなんて! リリィとのカップルチャンネルの話はどうなったのです!」

「そんな話は一瞬たりとも出たことはない。落ち着け」


 早朝……とまでは言わないが、まだそれなりに早い時刻だ。騒いでは近所迷惑になる。あと、俺は仕事上がりなので、普通にそのテンションは辛い。


「わおん……」


 ライは不干渉をアピールするためか、床に伏せて体を小さくしている。元フライパンだが、現実世界でのボディはロボット犬みたいな見た目だ。すっかりうちのペット枠として定着してしまった。ボディにロボット要素が追加されているのは大人の事情だ。いや、うちがペット不可のアパートだからって理由なんだが。間違えられると、いろいろ面倒だからな。


「どうしてこんなことになったのです!」

「あれ、リリィには言ってなかったか?」

「聞いてないのです!」

「あー……お前が事務所に行っているときに話を受けたんだったか。そこからトントン拍子だったからな」


 俺の仕事は完全に夜間だ。一方で、リリィの方はわりと自由がきく。普段は自宅勤務だしな。ただ、サイボーグボディのメンテナンスの関係で定期的に事務所に顔を出す必要があるようだ。メンテナンスは長引くと丸一日かかったりする。そういえば、例の動画収録をしたのもそのタイミングだったか。


「むむむ。リリィを差し置いてウェルンと……許せないのです!」

「いや、仕方ないだろ。仕事なんだから」

「仕事とリリィ、どっちが大事なのです!」

「仕事とリリィの機嫌だったら、まぁ仕事だな」

「なんと!?」


 凄まじくショックを受けているようだが、当然のことである。なにせ、コイツの機嫌はわりと簡単に直るからな。今日はちょうど秘密アイテムを買ってきたので、早速使うとしよう。


「まぁまぁ。そんなことはどうでもいいだろ。特製濃厚プリンがあるぞ」

「わーい、なのです!」

「わおん!」


 ほらな。まぁ、定期的に買うとなると財布には痛いんだが……リリィの機嫌はとっておくに限る。俺の素敵なゲームライフのためにも。


「しかし、よく見つけたな。ヴォーパルクックって全然売れてないって話だったのに。案件配信とはいっても視聴者数なんてたかが知れてると思ったんだが」


 今回の案件動画は、ウェルンのチャンネルではなくヴォーパルクックの公式チャンネルで公開された。公式チャンネルとはいえメジャーとは言えないゲームだから、注目度は低いと思ったのだが。


 俺の疑問に、口いっぱいにプリンを頬張ったリリィが答えようとする……が何を言っているのかわからない


「もご? もごもご!」

「いや、食うか喋るかどっちかにしろ」

 

 そう言うと、リリィは黙々とプリンを食べ始める。食べることを優先したらしい。そこは喋れよ。いやまぁ、どちらかにしろと言ったのは俺なんだが。


「で、さっきは何を言ってたんだ?」


 プリンを食べ終え、未練がましくカップを眺めるリリィに尋ねる。ようやくカップから視線を外したリリィは、携帯端末を操作して、とあるウェブサイトを表示させた。どうやら、ヴォーパルクックの公式ページらしい。


「見るのです。ゲームはともかく、配信者が凄いのです」

「おー……こりゃあ、凄い」


 公式ページに記載されたコラボ配信者は錚々そうそうたるメンバーだった。ほとんどが、俺ですら知っている名前だ。俺たち以外にも案件配信のオファーを出したとは聞いていたが、まさかこれほど豪華な面々だったとは。このメンバーの中に俺とウェルンがいるのは、すごく違和感があるな。


「しかし、それならなおさら、俺たちは注目されないんじゃないのか?」

「そうでもないのです。ウェルンも今ではそこそこの注目株なのですよ!」

「へぇ」


 何故かリリィが得意げである。まあ、いろいろアドバイスをしているみたいなので、多少は視聴者増に貢献しているのかもしれない。


「それに、他の配信者は軒並みクリアできずじまいだったのです! そんな中、とんでもない方法でクリアした配信者がいると話題になったのですよ」

「マジかよ……いや、まぁそうか」


 あんなおかしなゲーム、まともにやってクリアできるわけがない。ゲームスキルに優れた配信者でも、理不尽には勝てなかったということだろう。で、俺たちが唯一クリアしてしまった、と。それを知った配信者たちが面白がって拡散した結果、俺たちの動画の視聴回数はとんでもないことになっているらしい。


「というか、あの動画、ノーカットで出したのか。俺が言うのも何だが、どう考えても正攻法じゃないだろ、あれ。公式がバグ利用を認めたみたいなことにならんのか?」

「あれはバグではなくなったのです。アップデートで普通に実行できるようにしたらしいですよ」

「修正ではなく公式化したのかよ……」


 思っていた以上にとんでもない会社だな。あのあと調べたが、ヴォーパルクック以外にも癖のあるゲームを量産している会社として一部界隈では有名らしい。世の中には変わった人がいるもので、キワモノゲームの愛好家は意外にも多いようだ。そのごく少数の物好きが買い支えているせいで倒産しないんだとか。


 まぁ、俺には関係のない話だ。貴重な経験はさせてもらったとは思うが、俺自身が愛好家の一員になる必要はない。これからは関わることはないだろう……と思っていたのだが。


 その数日後、ウェルンを経由して、広報の西原さんから連絡があった。なんでも、別のゲームの案件も担当して欲しいそうだ。

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