88. 案件用動画撮影

「今回の挑戦者は――ウェルンさんとショウさんです! お二人とも、お集まり頂きありがとうございます!」


 ぺこりと頭を下げたのは、マスコットのような三頭身キャラクター。ほのぼのとした感じの造形なのに、黒眼帯で頬に刺し傷のあとがある。何というか方向性が迷子だ。


 あれは、NPCではなく、れっきとした人間。正確に言えば、このゲーム『ヴォーパルクック』のアバターだ。当然、招かれた俺とウェルンも似たような姿である。俺のアバターはドクロマークが描かれたコック帽を被っているし、ウェルンはやたらと巨大な包丁を背負っている。


 ヴォーパルクックは、最大4人のプレイヤーが協力して目的を達成するゲームだ。オンライン機能もあって、離れた場所のプレイヤーともこうして遊ぶことができる。


 クックと名前にあるように、プレイヤーたちは協力して調理をする。と言っても、操作自体は難しくない。指定の素材を適切な調理台に持っていって器具にセット、加工された素材を組み合わせて料理を完成させるというシステムだ。


 次々に注文が届くので、制限時間内に納品する必要がある。納品が一定量を上回ればステージクリアだ。言葉にするだけなら簡単だが、実際にこなすのは難しい。適当にやっていると、納品が追い付かないのだ。


 担当を決め、声を掛け合って、お互いをフォローすればどうにかクリアできるという難易度設定で、プレイ中は少しも気が抜けない。だからこそ、クリアしたときには達成感を味わえるのだとか。


 全て、ウェルンからの受け売りである。俺はやったことがないので。


 聞いた感じだと、なかなか面白そうなのだが、実はあまり売れていないらしい。そこで制作会社は考えた。影響力のある動画配信者に宣伝してもらえれば、売り上げが伸びるのではないかと。いわゆる、案件配信ってヤツだな。


 その流れはわからなくはない。わからないのは人選。実は、発注先として選ばれたのが俺とウェルンのコンビだったのだ。いや、もちろん、俺たちだけではなく、他にも幾人かに声をかけているそうだが、それにしたってなぁ。ウェルンはともかく、俺は一般人だぞ。


 俺としてはどうしたものかというのが正直なところだったが、ウェルンは乗り気だった。まあ、配信者としての影響力が評価されたわけだし、気持ちはわかるが。


 問題はコンビとしてのオファーだったことだ。俺が断れば、オファー自体が消えるかもしれない。ウェルンからも是非頼むと言われたので断るに断れなかった。


 俺としても、ゲームで遊べる仕事ってのは悪くないんだが……正直、不安だ。あまり認めたくはないが、俺の体質はゲームと相性が良くない。なのに、案件とか……下手したら売り上げに響くぞ。


 まあ、案件配信はライブではなく動画でということになったので、そこは安心だ。ヤバい部分は制作会社の方でカットするだろうし、最悪の場合はお蔵入りにすればいい。


 というわけで、今日は案件動画の収録だ。あの黒眼帯アバターはゲーム会社の広報担当者である西原さん。アバターは男性だが、中身は女性らしい。一応、今日の収録にも参加するが、プレイよりも解説をメインにする予定だ。


「こんにちは、ウェルンだよ! こっちが俺ね!」


 ノリノリで挨拶するウェルン。アピールのためか、背中の巨大包丁を引き抜いて、振り回し始めた。


 危ないだろ!

 というか、それ抜けるのかよ!


 反射的に距離をとろうとして一歩下がると、調理台にぶつかってしまう。狭いキッチンで武器を振り回すなよな。いや、武器じゃなくて包丁か。


「お兄さんもほら、紹介紹介!」

「わかったから、包丁を突きつけるな! ええと、ショウだ。配信者ではないので、お手柔らかに……」


 宙に浮かぶ配信カメラに向けて、控えめに挨拶をする。カメラはVR空間外から遠隔で操作されているので無人だ。


「もう……硬いなぁ、お兄さん。もうちょっとノリを良くしないと。視聴者さんが白けちゃうよ」


 ウェルンがはぁと息を吐く。が、そんなこと言われてもなぁ。


「こっちは一般人なんだぞ。あまり無茶振りは――」

「いえ、燃えてますよ! 私はショウさんの背中に炎が見える気がします!」

「は?」


 俺の言い訳を遮って、黒眼帯アバター西原さんがおかしなことを言い始める。俺のことを買ってくれているのなら申し訳ないが、そこまでのやる気はないぞ。


「いや……」


 と言いかけたところで、妙に背中が熱いことに気がついた。ヴォーパルクックにも五感のフィードバックはあるようだ。これまでやってきたアルセイやGTBほど鮮明ではないが。


 さて、何故背中が熱いのか。俺のやる気が炎のように燃え上がっているのか。まさか、そんなはずがない。ということは、だ。


「お兄さん、後ろ! 後ろ!」

「やっぱり、こういうことかよ!?」


 振り返ると、調理台が炎上していた。まだ、火もつけてないはずなのに、どうして! 内なる声が“いつものことだ”と囁くが、それは綺麗にスルーしておく。


「これを!」


 西原さんが手渡してきたのはホースのついた赤い筒。消火器らしきものだとはすぐ気がついた。使い方は直感的でわかりやすい。ホースを向けてスイッチを押せば、消火剤が発射される仕組みっぽいな。


「これでどうだ!」


 白い薬剤が凄まじい勢いで噴射される。火は勢いをなくし、すぐに消えた。だというのに……


「止まらないんだが!?」

「スイッチを押しっぱなしなんじゃない?」

「離してるよ!」


 薬剤の噴出が止まらない。普通なら中身がなくなったら止まるだろうが、ここはゲームの中だ。それも期待できない。


「西川さん、どうしたら?」

「もう一度押してみたらいいんじゃないでしょうか?」


 この状況で一番困っているはずの西川さんは、何故かワクワクな表情でそう提案してくる。本当に大丈夫なのか、この人。


 不安しかないが、スポンサーからの提案である。やるしかない。


 覚悟を決めてボタンを押す。その瞬間、バァンと激しい爆発音が響いた。消火器がはじけ飛んだのだ。


 RPGではないせいか、痛みはほとんどない。だが、キッチンは酷い有様になっていた。全体が粉まみれ。世界が白く染まっている。


 そんな白の世界と一体化した何かが、けほっと咳をしてから言った。


「さすがはお兄さん。撮れ高の化身だね」


 そのそばにいた白い物体も同意するように頷く。


「いいですね! 面白い動画になりそうです!」


 正気を疑う発言だが、この場においては多数派だ。このまま動画撮影続行が決まった。


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お待たせしました!

また区切りまで投稿します!

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