87. そして平和が訪れた
ハルシャに別サーバーを管理させるという試みは、今のところ上手く行っているらしい。基本的にはGTBのシステムを継承しつつ、NPCもリスポーンするという独自の設定で運営されているようだ。その上で、警察NPC以外の武器所持は禁止。違反した場合、サーバーから出禁になるという厳しい措置がとられる。
武器所持禁止のルールは、主に元サーバーからの来訪者対策として設定されたようだ。両サーバーはゲーム内で行き来できるようになっている。これは、普段は平和に暮らしつつ、ときどきバトルイベントを楽しみたいという層を取り込むためだ。
ハルシャがギャングサーバーからの人の出入りを認めたのは意外だったが、少し心境の変化があったらしい。伝え聞いた話によれば、人間社会にも興味を持ち始めたようだ。いろいろな人間がいると知った今、門戸を閉ざして相互理解を妨げることは避けたということかもしれない。
抗争ありのギャングサーバーと平和を楽しむハルシャサーバー。棲み分けができるようになってから、GTBに接続するプレイヤーが戻ってきた。すでに全盛期の8割くらいにはなっているらしい。嘘か誠か、異なる特色のある街を増設してさらなるプレイヤーの獲得を目指すという計画も出ているとか。俺個人としては、手を広げすぎるとコンセプトが曖昧になって訴求力が落ちるんじゃないかと思うのだが……まあ、それは運営が判断すべきことか。
さて、そんな活気の戻ったGTBだが……俺は、全然楽しめていなかった。何故ならば――――
「か、勘弁してください! 俺たちゃ、魔王様に逆らう気はありません!」
「そ、そうですとも! さっきのは……そう! 訓練です! 訓練!」
街を歩けば、NPCがパニックになるのだ。今も抗争中だった二つのギャングが、ただちに戦いをやめた。俺はただその辺りを散歩していただけなのに。しかも、その現場で一番上の立場と思しき男たちが土下座でする言い訳を聞くハメになっている。
当然だが、今いるのはギャングサーバーだ。ちなみにハルシャサーバーは早々に出禁になった。武器なんて持ってなかったのに、住人の精神を圧迫する俺自身が兵器のようなものだと言われた。扱いが酷すぎる。
「それもこれも、お前のせいだぞ!」
「バウ!?」
足元に戯れ付く子犬アバターに苦情を入れると、そいつはやけに人間っぽい仕草で仰け反った。平然と二足歩行している。
「ダーリン、ライに八つ当たりをするのはよくないのです」
「バウバウ!」
リリィを味方につけた子犬が我が意を得たりとばかりに吠える。この子犬はライ。元は空飛ぶフライパンである。
自我に芽生えたライはサイバノイドとして扱われる。つまり人権が認められるのである。フライパンなのに。
その上でライは、人間世界への移住を願った。リリィを介してCF相談事務所に話が通って、俺が気づいたときには移住の要件は整っていたのだ。身元引受人はリリィ。実質的には俺である。
「八つ当たりなものか! NPCが逃げるのは、元フライパンのライがいるせいだろ!」
称号“フライパンの魔王”の特性のひとつ、無慈悲な魔王。効果は近くにフライパンがある場合、俺の威圧感が高まるというもの。ライは子犬の姿だが、元はフライパンだ。そのせいで、効果が発動しているのだと俺は考えていた。
だが、俺の言葉を聞いたリリィが途端に申し訳なさそうな顔になる。ライも心なしか悄げて見えた。嫌な流れだ。
「ダーリン、言いづらいのですが……」
「いや、いい。言いづらいなら、言わなくていい」
「バゥワァ……」
リリィの言葉を拒絶する。ライが呆れた様子で見上げてくるが無視だ。聞いてしまえば心が折れる。
しかし、リリィは止まらなかった。
「無慈悲な魔王は発動してないのです。発動してない状態で、これなのです」
「言わなくていいと言ったのに……」
つまり、特性とか関係なくまともに話ができない状態というわけだ。しかも、コイツらは逃げ出さないだけまだいい方である。一般NPCなんかは、俺の存在を認識した段階で脱兎の如く逃げていく。人通りが多いところを歩いたときには、まるで波が引いていくかのように人がいなくなって泣けた。
「何故だ……何故なんだ。俺は普通にゲームがしたいだけなのに……」
その場に崩れ落ちる。土下座状態のギャングたちが反応に困っているのは察したが、そちらに気を配ってやる余裕はない。
落ち込む俺に、リリィがポンと肩に手を置く。真似するように、ライも前脚を俺の腰あたりに置いた。
「お前ら……」
慰めてくれるのかと視線を向けると、リリィはゆっくりと首を振る。
「諦めが肝心なのです!」
違った。慰めではなく、無情な宣告だった。
「いやだ!」
「落ち着くのです、ダーリン。人間、誰しもできることとできないことがあるのです。ダーリンはダーリンなりにゲームを楽しめばよいと思うのです。その方が楽しいとウェルンも言ってたですよ」
「参考にならん! ウェルンはどうせ撮れ高のことしか考えてないんだ! というか、俺にだって普通にゲームはできる! できるはずだ!」
認めんぞ。俺は普通にゲームをやるんだ。
とはいえ、GTBでまともなプレイが難しいのは事実だ。このゲームには噂によってランクアップする称号システムがある。高まりすぎた俺の悪名は、今更消し去りようがなかった。
となれば、次だ。俺が普通にプレイできるゲームがどこかにあるはず。そして、今度こそ、一般プレイヤーとしてゲームを楽しむんだ!
---
GTB編はここまでです。
次は、何のゲームをしましょうか。
他作品との兼ね合いでまたしばらくお休みします。
また、★評価について
お済み出ない方はお願いします!
モチベーション維持のため是非是非。
次の更新予定
毎週 火・木・土 07:05 予定は変更される可能性があります
究極のデジタル音痴は今日も不本意ながらゲームを壊す 小龍ろん @dolphin025025
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。究極のデジタル音痴は今日も不本意ながらゲームを壊すの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます