86. ほーいちの企み

「私が管理者……?」

「そうだよ。GTBの運営からも賛同を得ているから、あとはあなたの同意さえあれば話はまとまるの。詳しい内容はこれから詰めることになるけど」


 呆然とするハルシャに、ユーリが粛々と説明していく。まさか、そこまで話を進めていたとは。もともとGTB運営と交渉は持っていたようだから、そのルートから話を通したのだろうが、なかなか手回しが良いな。


 この件に関して、俺はまったく関与してはいない。俺の役割はあくまでハルシャを懲らしめること。心を折ることで大人しく話を聞くようになったと思えば、それなりの貢献はしたはずだ。たぶん。


「やったね、ハルシャ!」

「アマネ……?」

「あなたが管理者になれば、平和な街が作れるんだよ! 誰も暴力を振るわない、平和な街が!」


 最初から争いを禁止するルールで運用すれば、平和な街を作るのは難しくない。一部ルールを破るプレイヤーがいたとしても、ルール違反で排除することができる。アマネたちのような現代風世界のライフシミュを期待してGTBを始めたプレイヤーからすれば喜ばしいことだろう。


 呆然としていたハルシャも、喜ぶアマネの様子をみるうちに心を決めたようだ。しっかりと頷いてユーリを見据えた。


「わかりました。アマネたちが喜ぶのなら、やってみたいと思います」

「良かった。それじゃあ、よろしくね」


 ユーリが右手を差し出す。ユーリもそれに応じた。和解の握手だ。


 それで契約成立……でも良かったのだが、リリィが珍妙なことを言い出した。


「ダーリンも握手しとくのです」

「は、俺か?」


 別に握手くらいはいいのだが、相手のハルシャが及び腰だ。無理矢理やるもんじゃないので、俺としても乗り気ではないのだが。


「まあまあ、なのです」


 言いつつリリィがハルシャの手首を握る。強引に手を握らせるつもりらしい。俺は俺で、背後からぐいぐい押されている。犯人はライだ。リリィとライで結託しているようだ。


「わかったわかった」


 何の茶番かわからないが、握手をするまで終わらないのだろう。さっさとやってしまった方がいいと思ったので、俺はハルシャの手を握って、二、三度上下させた。


「あっ……!」


 驚いたのか、ハルシャがびくっと肩を揺らした。それを見て、ぱっと手を離す。


 無理矢理握手したことで何らかの反応があるかと思ったが、ハルシャは自分の手を見て呆然としている。まあ、文句を言われたいわけじゃないので、問題はないが。


「さて、これで話はついたな! 実は、俺からも提案がある!」


 今度こそ話は終わりかと思ったところで、ほーいちが口を出してきた。何故かテンションが高いのが気になるが、聞くだけ聞いてみるかと視線で促す。


「う、うむ。提案というのは、魔女……じゃなくてハルシャさん、だ! キミは争いばかりを続ける人間に不信感を持っていると思う! だが、それは人間をよく知らないからだ。キミはもっと人間を知った方がいい。というわけで、人間の世界を体験してみてはどうだろうか!」

「お前……」

「ほーいちさん……」


 やけに早口でまくしたてるほーいちに、俺とオールリが冷たい視線を送る。


 ほーいちの狙いは明らかだ。


 サイバノイドが人間社会で生活するには身元引受人がいる。人間世界の体験にかこつけてハルシャを誘って、自分がそれになるつもりなのだろう。身元引受人は庇護するサイバノイドの住処も用意する必要がある。別に住居を用意しても良いが、基本的には同居する形になるだろう。人間社会に不慣れなサイバノイドを一人暮らしさせるのはリスクが高い。トラブルが起きたときのフォローもあるので、一緒に暮らすのが推奨されるのだ。


 つまり、ほーいちの狙いは……ハルシャとの同棲だ!


 合流したとき、同行を主張したのは、この提案をするためか。やけに熱心だと思ったが、下心まみれじゃないか。


 一方、提案されたハルシャは戸惑い気味だ。明らかにテンションのおかしなほーいちは避けて、ユーリに視線を向けた。


「そんなこと、できるのですか?」

「まあ、できなくはないかな。リリィちゃんは実際にショウの家で暮らしているからね」


 話ながらユーリが俺を見る。釣られるように、ハルシャとほーいちの視線もこちらに向いた。ハルシャはともかく、ほーいちの視線はトゲトゲしい。睨むな。


「まあな。そのつもりはないと思うが、うちは駄目だぞ。何人も住まわせる余裕はない。リリィだけでも食費が結構痛いんだからな……」

「そうなのです! お前に食べさせるプリンはないのです!」

「いや、お前も少しは控えろよ。別に食べなくてもいいんだろ」


 リリィは人間世界ではアンドロイドボディで活動している。活動エネルギーは電気でまかなえるので、食事は必要ない。しかし、嗜好品として消費することはできる。しかも、いくら食べても太らないので歯止めが利かないのだ。


 一応、CF相談事務所の所員として活動しているので、リリィにも収入はある。が、リリィのアンドロイドボディは事務所からの貸与という形になっているのだ。買い取りできるまでは給料から一定額が天引きされるので、あまり残らない。必然的にリリィの食費は家計を圧迫するのだ。


「う、受け入れ先なら心配はいらないぞ! その気があるなら、俺の家に来ればいい!」


 ここが勝負所と見たのか、ほーいちが畳みかける。ヤツの狙いはここにいる全員が気づいているので、かなり白けた雰囲気だ。そんな状況で、言い切れる胆力はなかなかのものだな。必死すぎて気づいていないのかもしれないが。


 当然だが、ハルシャの反応も鈍い。気まずい沈黙を破ったのはアマネだった。


「その……ハルシャにその気があるなら、うちに来る?」

「……いいの?」

「うん、なんとかなると思う」


 頷きつつアマネが見るのは、ハルシャではなくほーいちだ。ヤツには任せてはおけないと言うことだろう。気持ちはわかる。同じく察したのであろうユーリがフォローした。


「生活費に関しては、GTB運営に掛け合えば出してくれるんじゃないかな。ハルシャちゃんを雇用するって形になるはずだし」

「それはありがたいです! ね、ハルシャ! うちに来なよ」

「う、うん。それならお願いできる?」

「もちろん!」


 ほーいちにつけいる暇を与えないように、ユーリとアマネがどんどん話をまとめていく。結果として、ハルシャの人間世界への移住が決まった。ほーいちの想定とは違う形で。


「な、なんでこうなった! 俺の完璧な計画が!」


 嘆くほーいちには、ますます冷たい視線が向けられたことは言うまでもない。

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