84. 魔王からは逃げられない

「ハルシャを……ハルシャを傷つけさせはしないから!」


 アマネが魔王に向かって、気を吐く。めっともまっすぐと魔王を見据えている。みとらとぽめらにゃんは腰が引けているが、それでも魔王の視線を受けてなお、退くことはなかった。


「また、お前らか……」


 魔王が面倒くさそうに息を吐く。それだけで、みとらとぽめらにゃんがびくりと肩を震わせた。


「まあいい。お前らの主張もわからないでもないが、GTBはもともとこういうゲームだ。それを乱そうというのなら容赦はしないぞ」


 魔王の威圧にアマネたちが少し後退る。それでも、挫けずにアマネが言い返した。


「わ、私たちも負けないから!」


 怯えながらも、抗う心を失っていない。強いと思った。彼女たちは強い。


 それに対して、私はどうだろう。魔王が現れるまでは恐れなどまるで感じていなかった。ただ、世界を私の思う理想に塗り替えてしまおうと、それだけを考えていた気がする。それが、魔王の出現で、はじめて恐怖を覚えた。自分の在り方が変えられてしまうことに怯えている。


 在り方を変える……それは私が今までやっていたことではないか。では、私がやっていたことは正しかったのか。


「ごめん、お兄さん! 何人かそっちにいった!」


 思考を遮るように、魔王の手下が声を上げた。魔王の視線がそちらに向く。見れば、信徒の数名が腰を低くして、魔王に飛びかかろうとしているようだった。


「うおおおおおぉ! ハルシャ様に手を出させるものか!」

「ちっ!」

「邪魔なのです!」


 そちらへの対処を優先した魔王と少女の視線が外れる。その隙に攻撃すべきなのはわかっていたが、私は動けなかった。もともと穏やかな性格のアマネたちもだ。


「アマネさん、ハルシャ様を頼む!」


 信徒の一人が声をかけた。それはすなわち、私に逃げろと言うことだ。アマネが一瞬、身体を強ばらせる。しかし、すぐに頷いた。


「そうですね……私たちじゃ力になれません。わかりました!」


 アマネと三人はすぐに気持ちを切り替えたようだ。私の手を取り、逃げるようにと促してくる。


「アマネ、私は……」

「今は逃げよう。ハルシャが負けたら、今までの頑張りが無駄になっちゃう」

「でも……」

「平和な街を作るんでしょ!」


 弱々しく抵抗する言葉を、アマネはきっぱりとはね除けてみせた。


 確かに彼女の言うとおりだ。この状況で私たちが巻き返すことはできない。だからといって、平和な世界を諦められるだろうか。いや……そんなことはできない。それなら、次に繋げなくては。


 私は頷いて、アマネの意見を受け入れた。彼女たちと一緒に、走ってこの場を離れる。


「ダーリン、あの女、逃げるのです!」

「くそ! 逃がすか!」


 サイバノイドの少女が魔王に声をかける。気づいた魔王がフライパンを投げた。慌てて投げたのか、フライパンは妙な方向に飛んでいく。


「げっ!? フライパンも外れるのか!?」

「大丈夫なのです。ライ、頼んだのですよ」


 そんな声を聞きながら、アジトまで逃げた。追っ手はない。ここなら大丈夫だ。


「負けてしまいましたか……」


 私の言葉に、めっと、みとら、ぽめらにゃんが肩を落とす。今回の作戦にはこれまでで最大の人員を投入した。全ては魔王を退け、平和への希望を感じてもらうため。


 にもかかわらず、魔王には届かなかった。魔王の力はそれほどまでに協力だった。


「ごめんなさい。僕たちの力不足で」


 めっとが頭を下げる。だけど、それは違う。


「いえ、途中までは上手く行っていたと聞きました」


 この四人はよくやってくれた。成り行きを見守っていた物見からは魔王に花をぶつけることに成功したという報告は受けている。まさか所持していたフライパンが意思を持ち動き出すなどと誰が予想するだろうか。


 明確な意思を持つサイバー住人。それはNPCなどではなく、サイバノイドである。やはり、魔王はサイバー住人の在り方を変える力を持っているのは間違いないようだ。


 いや、今考えるべきは、そのことではない。


「魔王を倒すことができるでしょうか……」

「一度はうまくいったんだから、力を合わせれば、きっとうまくいくよ」


 アマネが強い意志を宿した瞳で私を見た。


「そ、そうだよ。それに、私たちみたいに平和な世界になって欲しいってプレイヤーは他にもいるはずだよ」

「う、うん。呼びかければきっと立ち上がってくれるはずだよ」


 みとらとぽめらにゃんも頷いている。


「みなさんも協力してくれるのですか?」

「もちろん」


 四人が頷く。


 争いばかり好む人間。だが、それが全てではない。人間にも平和を愛する者もいるのだ。それを知った。


 それだけに、リリィというサイバノイドの言葉が気になる。浄化の花を使ったとき、彼女は押しつけはよくないと言った。色んな考えがあって、それがいいのだと。


 確かに人間にはいろいろな者がいるようだ。それを一方的に悪として、捨てさせてしまっていいのだろうか。


 いや、それでも平和は守るべきだ。協力してくれるアマネ立ちのためにも。


――ダンダンダン


 不意に、何かを叩く音が響く。


「な、なに?」

「しっ! 静かに!」


 窺うような声を上げたみとらを、アマネが咎めた。


 音の発生源は扉だ。何者かがドアを叩いている。開けろとも言わないのは、こちらが素直に聞くとは思っていないからか。であれば、ドアを叩いているのが誰なのかは明白だった。


 ダンダンと響く音は徐々に大きくなっていく。それにともなって、はぁはぁという音が間近で聞こえた。何かと思えば、呼吸の音だ。私のものか、ほかの誰かのものか。それを確認する時間はなかった。


――バァン!


 大きな衝撃音とともに、木片が飛び散る。私たちの体にもそれが降り注ぐけれど……そんなことを気にしている場合じゃない。


「さぁて、見つけたぁ」


 粉々になった扉の向こう側には、凶相の魔王とぷかりと浮かぶフライパンの姿があった。


◆◇◆

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