83. 魔王襲来

◆◇◆


 私には人間というものが全く理解できない。どうして彼らは争うのか。どうして平和の素晴らしさを理解しようとしないのか。


 はじめは、言葉で訴えた。けれど、彼らは理解しようとしない。私を嘲り、ときに殺した。


 何度も殺されるうちに悟った。彼らに理解させるには言葉では足りない。もっと直接的な力が……戦いを望む邪念を払う力が必要なのだと。


 悟りを得ても私は無力だ。新たな生を得ても、私にできるのは平和を訴えることだけ。死の度に祈る。どうか街が、世界が平和でありますようにと。


 何度も繰り返される死と祈り。それは無為ではなかったのだと思う。気がつけば、私は力を得ていた。争いを望む邪念を払う力を。世界に平和をもたらす力を。


 もう私は同じことを繰り返すだけの無力な存在ではない。世界を変える者になったのだ。


 ギャングの住人も邪念を払ってしまえば争いはやめる。力を使うまでもなく、私の考えに賛同してくれる者も増えた。プレイヤーと呼ばれる人間はあいかわらず粗暴で邪念の塊だったが、それでも根気よく浄化を繰り返すことで徐々に街から追い出すことができる。街は少しずつ確実に平和となっていった。


 それなのに……どうして。


 理由はわかっている。全て、あのショウという人間のせいだ。


 力を得たとき、私はサイバノイドと呼ばれる存在に生まれ変わった。サイバー空間においては、神の如き存在。私を害することができる人間などいないはず。それなのに、あの人間は私の力を無力化した。私は傷を負い、撤退することしかできなかった。


 正直に言えば、私はあの人間が恐ろしい。敵対を続ければ、私という存在は粉々に砕かれてしまう可能性だって否定はできない。しかし、それでも立ち上がらねばならないと思った。あの者は、邪念に満ちている。平和を守るためには看過できない。


 あの者に対する恐怖を乗り越えられたのは、人間にも平和を愛する者がいたとわかったから。アマネ、めっと、みとら、ぽめらにゃん。彼女たちは自ら、協力してくれた。彼女たちがいれば、この街に平和をもたらすことができる。そう信じていたのに。


「ハルシャ様! アマネたちは失敗したようです! 魔王が……魔王が来ます!」


 古くから従ってくれる部下が声を張り上げた。彼はすぐ近くに控えている。大声を出す必要はないのだが、どうやら声量を抑えられないようだ。その原因はわかっている。魔王に襲われるという恐怖。その部下の顔は、引きつっていた。きっと、私もそうなのだろう。


 だが、私も部下もまだいいほうだろう。しっかりと両足で立ち、踏みとどまることができているのだから。


「ひぃ! くる……魔王が……くる!」

「俺は……なんでこんな! かないっこねぇ!」


 邪念を浄化されたばかりの者達は、恐慌状態に陥っている。多くのものは腰が引け、中には背中を向けて逃げ出す者もいた。一人が逃げれば、他もそれにならう。その流れを止めようと、私は声を上げた。


「逃げては駄目です! ここで立ち向かわなければ、平和な街を作ることはできませんよ!」

「あ……あぁ、ハルシャ様」

「そ、そうだ……逃げては……」


 踏みとどまってくれる者もいる。しかし、多くは聞く耳を持たず、逃げ出してしまった。それを責めることはできない。誰だって命は惜しいのだ。


 NPCである彼らは、時間を置けば蘇るように設定されているが、復活後にそれまでの記憶は喪失する。性格すら変わる。あくまで同一IDとして管理されるが、それはもう別人である。彼らには確かに死が訪れるのだ。


「ハルシャ様!」


 部下の声にはっと周囲を見回す。凶相の男が立っていた。手にはフライパン。間違いない。私たちサイバノイドにとって脅威となる人間――魔王だ。手下なのか三人の人間を連れている。いや、一人はサイバノイドだ。名前はリリィ。彼女はなぜか人間の味方をしている。


「さ~て、手こずらせてくれたな、ハルシャ。お前はやってはならないことをした! 俺のゲームライフを邪魔するなんて、許されないぞ!」

「そうなのです!」

「か、完全に私怨になってるよ」

「まあ、GTBのプレイヤーの思いを代弁しているとは思うよ」


 魔王とそれにおもねる部下たちが、好き勝手なことを叫んでいる。平和を望むことの何がいけないのか。


「諦めてはいけません! 魔王に屈すれば、私たちが平和を手にすることはないでしょう! 私たちが踏みとどまらねば!」

「ハルシャ様の言うとおりだ!」

「何が何でも守り抜く! 俺たちで平和の街を取り戻すんだ!」


 私の檄に賛同の声が上がる。この場に残ったのは、古株の教徒たち。平和を願う想いは誰よりも強い。


 だが、現実は無情だ。想いの強さだけで、戦況を覆すことは難しい。魔王が浄化の花を無効化し、その配下たちが信徒を打ち倒していく。


 敵は四人だけ。しかし、その四人に良いようにあしらわれた結果、ついに私は、再び魔王と間近で対面することになった。


 本能的な恐怖で身体が震える。魔王は恐ろしい存在だ。普通に人間とは何か違う。私を……私たちという存在を歪める力を持っている。その力に触れれば、きっと私は私でなくなってしまうだろう。そのことが、とても……怖い。


「さて、そろそろチェックメイトだな?」

「大人しくするのです!」


 魔王とそれに従うサイバノイドが、悪鬼のような形相で歩いてくる。迎え撃たなければ……そうでないとしてもせめて逃げなければ。そうは思っても体が動かない。


「……なんだ、反応がないぞ?」

「好都合なのです」


 訝しむような表情を浮かべる魔王。対して、サイバノイドの少女は良からぬ事を企むような顔つきだ。


 ああ、きっと、私は作り替えられてしまうのだ。あの少女のように……魔王にとって都合の良い存在に。


 胸中に絶望が広がっていく。しかし、完全に広がりきる前に、私と魔王との前に立ち塞がる者が現れた。それは最近知り合ったばかりの四人の人間だった。

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