80. まさかの助け

 仕方なく銃を捨て、再びフライパンを構えた。自分で言うのも何だが、おかしな格好だ。


 だが、少女たちの顔に戸惑いはない。これはたぶん、俺のことを知っているのだろうな。アマネから聞いたのかもしれない。こうやって噂は広がっていくのか……不本意だ。


「よ、よし。せーので、行くよ?」


 銃を捨てたことでチャンスと見たのか。めっとの宣言に四人は頷き合った。まだ、やる気はあるらしい。


 だが、甘いな。知恵のないNPC……たとえばRPGの魔物が相手ならともかく、人間相手に敵前で襲撃タイミングの情報を共有するのは良い手とは言えないぞ。しかも、地面には洗脳の花がぶちまけられているのだ。踏まないように気をつけながら移動すれば、合図で動き出したところでタイミングが揃うとは思えない。


 やはり素人というか、戦い慣れていない感じが強いな。これなら、各個撃破できるはずだ。四人が相手でも遅れをとることはないだろう。


「せーの!」


 四人が一斉に動き出す。彼女たちは地面の花など気にした様子もなく、迷いなく俺のもとへと駆けだした。


「なにっ!?」


 花を踏みつけても、彼女たちは止まらない。戦意を挫けさせることなく、まっすぐ進んできた。どうやら、アイツらには花の効果が及ばないらしい。


 油断したな。よく考えれば、あり得る可能性だったのに見逃していた。


 愛の花のメンバーは、洗脳の花をダーツのようにして飛ばしてくる。そのとき、ヤツら自身も花に触れているのだ。だというのに、戦いの中、へたりこんだりするのを見たことがない。つまり、ヤツら自身に花は効かないということだ。


 愛の花に加担しているこの少女たちにも同じことが言える。予想してしかるべきだった。


 だが、動揺は一瞬だ。気持ちを切り替えた……わけではなく、動揺が吹き飛んでいったと言うのが正しい。


「ふべっ!?」


 走り出してすぐに、ぽめらにゃんが盛大にすっ転んだのだ。しかも、それに気づいたみとらが、慌てて駆け寄ろうとして隣のめっとに衝突。巻き込まれためっとごと派手に転ぶ。


 鈍臭どんくさい。あまりにも鈍臭すぎる。何もしてないのに、三人が倒れた。


「ふぐ……痛いぃ」

「やっぱり私たちに戦いは向いてないんだよぉ」

「駄目だよ! ここで挫けたら、この世界は魔王に支配されちゃう!」


 ぽめらにゃんとみとらはすでに戦意喪失気味である。めっとが鼓舞しているようだが、あまり効果はなさそうだ。


 現状、立っているのはアマネだけ。その彼女も仲間たちの惨状に足を止めている。


「……諦めた方がよくないか?」


 もうどうにもならないだろう。そう思って襲撃を断念するように呼びかけたが、アマネは首を横に振る。


「一応、やるだけやってみる」

「ああ、そう……」


 まあそう言うなら仕方がない。こちらとしては、降りかかる火の粉を払うまでだ。


 アマネが走り出した。運動慣れしていないのか、フォームがぐちゃぐちゃだ。そして、俺の目前で体勢を崩した。


 また転んだのか……と思ったのは完全に油断だった。


「これで!」

「なっ!?」


 転んだのはわざとかそれとも偶然か。判断はつかないが、アマネはそれを利用した。転がりながら洗脳の花を掴み、それを手に俺の足に縋りついてきたのだ。


 まずいと思ったときには、体から力が抜けていた。


 戦いなんて馬鹿らしい。野蛮な行為だ。意見が合わないからと言って、争う必要はないのだ。ありのままを受け入れる。それが大事なこと。デジタル機器は敵じゃない。ちょっとおかしな挙動をしたとしても、それは個性だと思えばいいんだ。


「や、やった!」

「凄いよ、アマネちゃん!」

「これで戦いがなくなるのかなぁ?」

「まだだよ! でも、僕らが協力すればきっと!」


 少女たちのはしゃぐ声がどこか遠くに聞こえる。体からはますます力が抜けた。もう休めというように。戦う必要はないのだというように。


 緩んだ右手からフライパンが抜け落ちる。そして、地面に――――落ちない。


 ……落ちない?

 そんなことってあるのか?


 意味がわからず、意識がそちらに向いた。


 フライパンはピタリと空中に制止している。それどころか、ぷかりと浮かんで、俺の目の前まで飛んできた。


 なんだろう、幻覚だろうか。


「ね、ねえ!? あのフライパン、浮いてない?」

「う、浮いてるよぅ」

「どうなってるの!?」

「……フライパンの魔王って、こういうことなの?」


 アマネたちもざわついている。ということは幻ではないな。


 宙に浮くフライパンが突然、キラリと光った。反射するような光はないはずなのに。


 不思議に思っていると、フライパンが僅かに後退した。そして、次の瞬間、凄まじい勢いで突進してくる。狙いは――――俺のみぞおち!?


「ぐふっ!?」


 強烈な一撃に、空気が漏れる。フライパンは、そのまますくい上げるように俺の体を持ち上げた。どれぐらい吹き飛ばされたのか。気がつけば、意識がスッキリしている。放心していたのが嘘のようだ。痛みのおかげか、それともぶちまけられた花のそばから抜け出したからか。洗脳の花の効果が解けたようだ。


 世話が焼ける。そう言うかのように宙に浮いたフライパンがふるふると体を揺らした。


 まったく意味がわからない。意味がわからないが……今はどうでもいいな。それよりも、アマネたちに相応の礼をしないと。


「さてと、やってくれたな? 当然、覚悟はできてるんだよな?」

「「ひぃ!?」」


 凄むと、ぽめらにゃんとみとらが悲鳴を上げた。めっととアマネも顔を引きつらせている。結構、結構。こちらの怒りが正しく伝わっているようだ。


 無言で一歩近づくと、四人はずざざと後退あとずさる。再び、一歩近づく。また四人は、後退った。それを数度繰り返したところで、大きく一歩踏み出した。ドンと大きな音が響く。


「「ひぇ!?」」


 まず耐えられなくなったのはぽめらにゃん。彼女が背を向けて逃げ出すと、他の三人も後を追う。さきほどの鈍臭さはなんだったのか思うほどの鮮やかな逃げ足だった。

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