79. 撃つの下手なの?

「のわっ!?」


 ゆらりと舞い降りてくる大量の花。落下速度はさほどでもないが、量も範囲もかなりのものだ。不意を突かれたこともあって、避けることは難しかった。咄嗟に頭を庇ったが、あれがハルシャや愛の花が使う洗脳の花ならば、そんな行動に意味はない。


 だが――――


「ん? なんともないな……」


 洗脳の花に触れた者はプレイヤーであっても一時的に戦意が萎える。そんな話を聞いていたのだが、それらしき心の変化はやってこなかった。


 不思議に思って、周囲を見回す。地面には大量の花がばら撒かれていた……が、俺の周囲50cmくらいだけは何も落ちていない。どうやら、『全てを外す者』の効果は舞い散る花にも有効だったようだ。


 しかし、裏を返せば、その範囲以外には花がばら撒かれたということである。影響を受けたのか、俺のあとに続いた三人はほうけた顔で座り込んでいた。


 足元の花を踏まないようにして、近くにいたリリィのそばに寄る。俺のことに気づいていないのか、リリィの視線は虚ろに宙を眺めているだけだ。


「リリィ、しっかりしろ!」

「ダーリン……?」

「そうだ! 大丈夫か?」

「リリィは……キノコもタケノコもどっちも美味しいと思うのです。優劣を競うなんて馬鹿げているのです」

「なんてこった……」


 キノコタケノコ論争。某チョコ菓子にまつわる終わりなき戦いである。リリィはタケノコ過激派であったはず。そのリリィがこんなことを言うとは……思った以上に、洗脳の花の効果は強力だったようだ。


 ちなみにだが、俺はもとから中立派だ。たかが菓子なのだから、各々好きなものを食べればいいと思っている。もちろん、口に出しては言わないが。そんなことを言えば、両過激派から袋だたきに遭うからな。


 ユーリ、ウェルンもリリィと似たような状態だ。受け答えはできるが、どこかぼんやりとしている。戦闘どころか、この場から動くことすら覚束ない。


 どうしたものか。戦いを継続するなら、置いていくしかない。とはいえ、こんな状態のコイツらを放置していくのもな。


 ゲーム内なので死んでもリスポーンするだけだ。そういう意味では危険はない。ただ、あまりに反応が鈍いのが気がかりだった。以前見たNPCとも反応が違う。プレイヤーだからなのか、それとも大量に浴びたせいか。前者ならばいいが、後者ならば問題だな。繰り返し花を浴びると症状が重篤化するなら、退避させた方が良さそうだ。


「お、おとなしくしろ!」


 三人をどうするか。そちらに考えがとられて、警戒が疎かになっていたようだ。気がつけば、四人の少女に接近されていた。まあ、少女というのはあくまでアバターの見た目。四人ともプレイヤーなので実態がどうかはわからないが。


 四人ともギャングっぽさはない。一般市民のような服装だ。GTBには珍しいタイプのプレイヤーだな。三つは知らない名前だが、アマネというプレイヤーだけは見覚えがあった。たしか、服屋で遭遇したプレイヤーだ。


「なんだ、お前たちは。花をばら撒いたのもお前たちか?」

「そうだ! 僕たちは、争いを根絶して平和な生活がしたいんだ!」


 叫んだのは最初に声をかけてきたプレイヤーだ。めっとという名前らしい。


 それにしても、まさかGTBに平和を求めるプレイヤーがいるなんてな。ギャングの抗争がなくなり、殺伐さを求めるプレイヤーが減った代わりに、そういう層が増えてきたのか。おそらく、運営が苦肉の策で呼び込んだのだろうなぁ。


 まあ、ゲームに何を求めるかは各々の自由。特に、GTBのような何でもアリなゲームならな。平和を愛する市民との衝突っていうのも、ある意味面白いかもしれない。


 ただまあ……


「そういうことなら俺の敵だな」


 彼女たちの遊び方を咎める気はないが、俺も俺の遊び方を曲げるつもりはない。争いを嫌う彼女たちにとっては納得できないかもしれないが、主張を貫き通すなら戦いは避けられないのだ。


「うぅ……ホントにやるの?」

「みとら。無理そうなら、下がっててもいいんだよ」

「や、やるよぉ」


 だが、彼女たちも覚悟は決めているらしい。引き下がることなく、俺を見据えてきた。そういうことなら遠慮は不要だな。


 周囲は花だらけ。踏んだら面倒なことになりそうなので、動き回るのは得策ではない。だが、相手は四人だ。立ち止まったままで格闘戦は厳しい。


「悪く思うなよ!」


 足元のサブマシンガンを拾い上げる。リリィが使っていたものだ。不意をつくため、ろくに狙いもつけずに引き金を引いた。


「わっ!?」

「じゅ、銃だ!」

「ひぃ!?」


 戦いを好まないだけあって、銃撃戦に慣れていないのだろう。めっと、ぽめらにゃん、みとらの三人は銃声に驚いて身を屈めた。唯一、アマネだけがこちらを見据えている。


 うん、おかしいな。なんで見据えている余裕があるんだ?


 いや、理由はわかっている。弾が当たっていないのだ。それはもう見事に一発も。


 しまいには、驚いていた三人までもが不思議そうな顔でこそこそ話し出した。


「ねぇ。あの人、撃つの下手なのかな?」

「ど、どうだろう……?」

「下手だとしても……下手すぎない?」


 いや、こそこそじゃないな。銃声に負けない大声だ。できれば聞こえないように言ってくれませんかねぇ。


 よく見れば、弾は謎の軌道を描いて、あらぬ方向に逸れてしまっている。どう考えても普通の挙動ではない。


 心当たりは……あるな。十中八九、全てを外す者の効果だ。自分が撃つときにも適用されるのかよ!


 えぇ……?

 銃撃ありきのゲームで、銃が使えないってどうなのよ。

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