73. 穏便な対応

 すわ戦いか、はたまたつまみ出されるか……と思ったのだが、カジノ側の対応はかなり穏便だった。


「機器に故障があったようです。申し訳ありませんが、排出されたコインはこちらで回収させていただきます。代わりに、お客様にはこちらを。一万クレジット分のコインをご用意しました」


 要は「床に散乱したコイン全部はやれないが多少はくれてやる。それで満足しろ」ということのようである。


 黒服の男は、俺にコインを押しつけると、スロットエリアから客を締め出しにかかった。どうやら、一時的に封鎖するようだ。コインの回収に、機器のメンテ。それらが終わらなければ、スロットは使えない。逆らっても意味がないので、客たちも大人しく指示に従った。俺たちもだ。


「ぬぅ……ダーリンのコインが取られちゃったのです」

「横暴だよね! あれだけあったらコイン風呂ができたのに!」


 100クレジットコインが100枚で一万クレジット。これはスロットマシンの暴走でまき散らされたコインと比較すると端金はしたがねに過ぎない。そのせいか、リリィとウェルンは不満そうだ。リリィはともかく、ウェルンの意見はどこかずれているが。


「追い出されなかっただけマシでしょ」


 一方で、ユーリは当然といった表情である。俺もこちらの意見だ。不具合の原因が自分にあるとは思いたくないが、カジノ側から見るとそう思われていても不思議ではない。暴走を止めるためとはいえ、思いっきりぶっ叩いているわけだしな。強制退店させられなかっただけでも温情だと思う。


 しかも、一万クレジットのおまけつきだ。ぶっちゃけ、カジノ側がこちらにコインを渡す理由はない。俺がスロットマシンにコインを投入したのは最初の一度だけ。あとは何もしてないのに勝手に回っていたのだ。元手が俺から出ていないので、排出されたコインが俺のものと主張するのは無理筋だろう。つまり、一万クレジットは丸儲けである。


「とはいえ、マークはされてるだろうな」

「それはまあね」


 ユーリがちらりと視線を余所にやってから、控えめに頷く。彼女が一瞬目をやった先には、こちらを見張る黒服の姿。さっきのヤツとは別だが、まあ、俺たちの監視が目的なのは間違いない。他にも、ちらほらそういうヤツがいる。


 まあ、仕方がない。あれだけのトラブルを引き起こしたのだ。俺が原因だと断定する根拠はなくとも、怪しくは思っていることだろう。別の騒動を引き起こさないか見張るのは、カジノ側からすると当然のことだ。客の立場からとしても、トラブルメーカーに監視がつくのはありがたい。何かが起きても迅速な対処が期待できるからな。


 しかし、監視される当人としては非常にやりづらい。単なる客として立場なら多少落ち着かないだけですむのだが、こんな状況で強盗の下見は無理だ。というか、確実に顔を覚えられただろうから、次回以降の入店でも警戒されるだろう。となると、顔を隠して……となるが、そんな格好では中に入れてもらえるはずもない。警備の油断をついて中から襲撃をするという選択肢がとれないのは厄介だ。


「いきなり、計画に大きな障害が発生したな……」


 軽い気持ちでスロットをやったのが良くなかったのか。少し憂鬱な気分でため息を吐く。すると、ウェルンがばしばし背中を叩いてきた。


「まあまあ。計画にトラブルはつきものだよ。臨機応変に対応すればいいんだ。俺たちの目的はお金を集めること。だったら、手段にこだわる必要はない、よね?」

「それは、そうだが……何か手はあるのか?」

「お兄さんが普通にギャンブルすればいいんだよ。さっきのスロットのこともあるし、きっと面白……じゃなくて、普通に稼げるんじゃないかと思うんだよね」


 本音が漏れてるぞ、ウェルン。面白がってるんじゃないよ。


「馬鹿なことを言うな。ギャンブルってのは短期的にはともかく、長期的には勝てないんだぞ。期待値は1以下だからな」

「普通はそうだとしても、お兄さんは普通じゃないからね」


 正論をぶつけても、ウェルンはニヤニヤ笑って取り合わない。


 コイツの思惑はわかる。俺の体質を利用して、大儲けしようってことだろう。ついでに、それを配信しようという魂胆だ。


「あのな。俺は不正をしてまで、ゲームで有利になろうとは思わない。普通にゲームを楽しみたいだけなんだ」


 俺にその気はない。きっぱりと告げると、ウェルンは驚いたような顔をした。


「え、お兄さん、不正をしてるの? そういうのは俺もよくないと思うよ」

「いや、してない! そういうのをやる気はないってことを言ってるだけだ」

「うんうん、そうだよね。不正はしてない。だったら、何も躊躇う必要はないよ。堂々とゲームをすればいいだけだって」

「それは……いや、でも……」

「むしろ、変に躊躇うほうがよくないと思うよ。何か後ろ暗いことがあるんじゃないかと思われちゃう。それとも、後ろ暗いところがあるの?」

「あるわけないだろ!」

「だよね! じゃあ、問題ないよ」


 お、おう。何だか、俺もそんな気がしてきたな。そうか、問題ないのか。


「ぬぬ、ダーリンをその気にさせるとは……。ウェルン、なかなかやるのです!」

「ひひひ。せっかくなら楽しい配信にしないとね」

「まあ、不正ではないと思うけどね……」


 三人がこそこそ何か話をしているが、気にならない。俺に後ろ暗い事なんてないんだから、素直にカジノを楽しめばいい。ただそれだけのことなんだ。





 だが――――


「あの……もう勘弁してください。お願いします……」

「は、はぁ」


 しばらくあと、俺は涙目の女性ディーラーに懇願されることになるのだった。

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