74. そんなことってある?

 迷惑料としてもらったコインは四人で分配だ。一人辺り2500クレジット。高レートで賭けなければ充分に遊べる量である。


 俺がスロットの次に目をつけたのはルーレット。カジノといえばコレだというほど定番中の定番のゲームだな。それだけに人気もあるらしく、ルーレット台の周囲には人集りができている。


 しばらく様子を見て、だいたい流れは把握できた。コインを賭けられるのはベット開始の合図から、終了の合図まで。数字単体や、複数範囲、偶数or奇数などなどの賭け方ができる。当たる確率の低い場所ほど、当たった場合のリターンが大きくなるわけだ。リターン率が最も高いのは数字単体に賭けた場合で、ベットしたコインが36倍になって返ってくる。ルーレットの数字は1~36に0と00を加えた38種類なので期待値としては18/19だ。ディーラーがルーレットを回してしばらくすると、ベット終了。あとは、ボールの行方を見守るのみだ。


「悪くないな」


 特に、コインをベットしたあとは俺自身が何も関与しないという点が良い。これなら俺の体質のせいで理不尽に大勝ちするということもないだろう。……ないよな?


「俺はこれをやってみることにする」

「だったら、リリィもやるのです!」

「せっかくだから、みんなでやってみる?」

「そうだね。俺もやってみたい」


 今回はばらけずに、みんなでルーレットをやることになった。


「最初は様子見で……赤に賭けてみるか」


 100クレジットコインを赤に賭ける。各数字には一部を除いて黒か赤の色が割り振られていて、そのうち赤の数字にルーレットのボールが落ちれば勝ちというわけだ。勝てば、コインが二倍になる。ちなみに、0と00は緑色でどちらにも属さない。


 リリィも赤。ユーリは偶数に賭けた。ウェルンは00の一点賭けだ。


「それでは回しますよ。ベットはお早めに」


 黒と白のパキッとしたディーラ服に身を包んだ女性が、ボールを落とす。ルーレット盤は高速回転中で、数字はまだよく見えない。


「ベットを締め切ります」


 ディーラーの宣言のあとも、ルーレット盤は勢いよく回る。何度かボールがカツンと弾かれ、ようやく勢いが失われていく。最終的にボールが落ちたのは黒の13だった。


「ぬぅ……駄目だったのです」

「あはは、外れちゃったね」

「まだまだここからだよ。ね、お兄さん」

「そうだな。でも、ウェルンが期待するようなことは起こらないぞ、たぶん」


 結果は全員外れ。普通ならガッカリするところだが……悪くない。悪くないぞ。


 当たったり外れたりする。これがギャンブルなのだ。俺は今、普通にルーレットを楽しめている!


 さらに4度遊んでみた結果、俺とリリィは赤黒のほぼ二択を外し続けて全敗。ユーリは適当にベットを散らしてやや勝ち。数字一点賭けを続けたウェルンが奇跡的に一度だけ当たりを引いて大幅にプラスといった感じだ。


「ははは、なかなか勝てないなぁ!」

「いや、お兄さん。なんで、楽しそうなの」

「残念には思ってるさ。だけど、これがギャンブルだからな」


 いや本当に残念だ。でも、ギャンブルで負けるのはごくごく普通のこと。理不尽に大勝ちするよりは良い。


「むむむ……なるほど、なのです」

「どうしたの、リリィちゃん? こういうのは時の運だから、気にしても仕方がないよ」


 連敗しているからか、リリィが大人しい。それを気にして、ユーリが声をかけた。


「負けは気にしてはいないのです。それより、リリィは必勝法を思いついたかもしれないのです」

「えぇ、本当に!?」

「本当なのです! ウェルンも耳を貸すのです」

「なになに?」


 そのまま三人でこそこそ話し始める。


 まったく、馬鹿なことを。カジノに必勝法なんてないというのに。


「さあ、お好きな場所にベットを」


 ディーラーの言葉で次のゲームが始まる。


 俺は奇数に賭けた。すると、リリィ、ユーリ、ウェルンは偶数に賭ける。結果は10。俺は負けで、リリィたちは勝ちだ。


 さらに次のゲーム。俺はLOW……つまり1~18に賭けた。他三人はHIGH。結果は22。HIGHだ。


 その後も、俺が二択のどちらかに賭けると、三人が逆側に賭けることが続いた。俺は全敗、三人は全勝だ。


「これは確かに必勝法かも!」

「思った通りなのです!」

「あはは……」


 流石にここまで来たら俺にもわかった。コイツら、俺が絶対に外す前提で賭けてやがる!


「お前らな!」

「落ち着いてよ、お兄さん。どこに賭けるかは俺たちの自由でしょ?」

「くっ……」


 それはそうだ。俺にどうこういう権利はない。だけどなぁ……俺が絶対外すと決めつけているのが気に食わない。単に運が悪いと思われているんなら構わないのだが、きっとそうじゃない。コイツら、俺の体質が悪い方に出ていると思ってやがるんだ!


 そういうことなら、こっちにも考えがあるぞ。


「くくく、次は25に一点賭けだ」


 数字一点賭けなら、逆側を選ぶという賭け方はできない。必勝パターンは崩れるというわけだ。だが――


「25は赤なのです」

「ってことは、黒に賭ければいいかな?」

「そういうことなのです!」


 リリィとウェルンは動揺もなく、黒側に賭ける。しかも、それで勝ちやがった。


「ならば、次は0に賭けるぞ!」

「これはどうするの、師匠?」

「賭けないという手もあるのですが……00に賭けてみるのです!」

「なにぃ!?」


 結果は00。俺以外は36倍の当たりだ。


 以降も、リリィたちは同じ戦法をとり続ける。俺も意地になって一点賭けを続け全敗。一方、リリィたちは必勝パターンに従った結果、全勝である。


 何度もそんなことが続けば、他の客も気づく。最初は面白がって便乗してみたって感じだったが、数度も続けば勝ちを確信して賭けるようになった。気がつけば、俺一人が一点賭け、他全員が同じところに賭けるという状態になっている。


「くっ……もうコインがない!」

「心配しないで、お兄さん。みんなのコインを分けてあげるから!」


 ウェルンがにんまり笑う。ここで言う“みんな”はリリィ、ユーリだけじゃなく、文字通りルーレットで遊んでいる客全員である。勝手に決めるなと文句が出てもおかしくはないはずだが、NPCもプレイヤーも誰もがノリノリだった。コイツら、全員が俺と逆に賭ければ勝てると思ってやがる。


 だが、俺も引くに引けない。


 25ゲームしたところで、俺は全敗。しかし、途中からは一点買いしかしていないので、そもそも数字が当たる確率は1/38である。25連敗してもおかしくはない。この時点で俺の体質が悪さをしていると認めるのは早いのだ!


 そう。まだ俺の心は折れていない。少なくとも一勝して、当たったり外れたりする真っ当なギャンブルを楽しむんだ。ちゃんとやれてることを証明するんだ。


「見てろよ! 今度は俺が勝って、お前たちを大損させてやる!」

「うんうん。その意気だよ、お兄さん! で、次は何処にする?」


 くそっ、ウェルンのヤツ、本気にしてないな?


「次は――」

「ま、待ってください! ベットはしないでください!」

「え?」


 次の数字を選ぼうとしたら、必死の形相でディーラーが止めてくる。そういえば、ベット開始の合図がなかったな。


 だが、ディーラーは涙目で、いつまで経ってもベット開始の合図を出すことはなかった。


「あの……もう勘弁してください。お願いします……。このままではカジノが潰れてしまいます……」

「は、はぁ……」


 何故……と問うまでもないか。リリィの提唱する必勝法が原因だ。単なる偶然だと主張したいところだが、現状では勝率100%である。そのせいか、ウェルンを筆頭に大胆にベットするヤツも出てきた。カジノ側としては堪ったものではないだろう。


 結局のところ、俺はルーレットを諦めるしかなかった。ディーラーがベット開始を宣言しなければゲームは始まらないのでどうしようもない。それどころか、もう充分に勝っただろうとカジノを追い出される始末である。


 いや、俺、一勝もしてないんですけど。持ってたコイン、全部すったんですけど。


 全敗したのに、追い出される事って、あるんだ……?

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