72. スロットの暴走……?

 ウェルンたちに構ってる場合ではない。今日はあくまで、カジノ襲撃のための下見なんだ。こんなところで目立つのは困る。顔を覚えられてしまうぞ。


 だが、どうにかできそうなリリィに危機感がない。ここは俺がどうにかするしかないか。


 やはり、爺さん直伝の右手チョップを繰り出すべきか。もちろんスロットマシーンを破壊しては元も子もない。あくまで、動きを止めるだけだ。


 力を込めすぎず、軽いツッコミを入れるようにチョップを放つ!


 いい感じの角度で決まった。カコンと軽快な音を響かせ、スロットマシーンが揺れる。ピロリロと喧しい回転リールが、そろそろ一休みと言った具合にゆっくりと減速し、やがて止まった。ベルの絵柄が5つ揃い、コインがじゃらりと零れるが……しばらく待ってもリールは動き出さない。


――ガ……ガガ


「よ、よし止まったな」


 とりあえず、上手くいった。多少は目立ってしまったが、許容範囲内だろう。わりと素早く対応できたので、大儲けしたってほどでもないからな。


――ガガガ……


 あとは、他のところで適度に負ければ、カジノ側に目をつけられることもないだろう。これだけ客がいるんだ。俺たちばかりをマークしてはいられないはずだ。


――ガガッガガガ……


 いやいや、なんとかなって本当に良かった。ひやひやしたぞ、まったく。


「ダーリン、現実を見るのです! この機械、なんかおかしくなってるのです!」

「嫌だ! 気のせいだ! 全部、上手く行ったんだ!」

「ショウ……残念だけど、現実逃避しても結果は変わらないんだよ」

「ちくしょう!」


 リリィとユーリに指摘されるまでもなく、本当は気づいていた。俺のチョップで動きを止めたものの、スロットマシーンは明らかに正常な状態ではない。異音を奏でながら、ぶるぶると振動しているのだ。そして、それは徐々に大きくなっている。


「凄い! スロットマシーンが踊ってます! しかも、これ、感染してる!?」


 喜々として実況するウェルンの声が耳に入った。まあ、ヤツなら大喜びしそうな状況だ。今更止める気はないが……感染っていうのは何のことだ?


 どういう意味だと尋ねようとしたが、その必要はなくなった。ウェルンに視線を向ける途中、隣のスロットが目に入ったのだが、それが目の前のスロットと同じように揺れていたからだ。咄嗟に逆側を見ると、そちらも同じだった。


「おいおい、これ、どうなるんだ? まさか、他のスロットにまで広がるんじゃ……」

「あ、またうつったのです!」

「大惨事だね……」


 最初は一つだった異常スロット。少しの間に、隣の隣にまで感染し、5つのスロットが軽快なステップを披露している。このままでは店中のスロットによるダンス大会が開催されるのも時間の問題だ。


 しかし、揺れるだけなら些細なことだったのかもしれない。一旦は止まった回転リールが再び動き始めたのだ。


 俺がやっていたのは5リールタイプのスロット。幾つかある絵柄のうち、7を5つ揃えるのが一番の大当たりである。当然、ほとんど揃うことはない。それが今、目の前で揃った。


「うお!?」

「大当たりだね!」

「コインが大量なのです!」


 喜んでいる場合じゃないんだが、それでもテンションが上がってしまうのはスロットの魔力か。異常事態に焦る気持ちが、一瞬だけ消えた。


 そう、一瞬だけ。


「おいおいおい!」

「またぁ!?」

「あ、これ。いつものヤツなのです」


 オール7のあと、何が出るか。再び、オール7である。何度回っても、7が揃う。そのたびに大量のコインを吐き出すので、スロットの周辺はコインまみれだ。こうなると、ありがたみなんてまるでない。


「ちょ、ちょっとお兄さん!」

「なんだ!?」

「これはマズいかも!」


 さっきまで楽しげだったウェルンの声に焦りが滲んでいる。何かと思えば、隣のスロットにまでオール7症状が伝染したらしい。つまりは、コインの排出量が二倍……いや、三倍になったということだ。感染が進めば、さらに加速するだろう。


 だが、ガタガタ揺れているところを見ると、マシンは独立している。内部に貯めておけるコインには限りがあるはずだ。


「この勢いなら、すぐにコインが尽きるだろ?」


 しかし、その考えは少々楽観的だったようだ。ウェルンが必死に首を振る。


「いや、これってゲームだよ! 物理的な容量とか無視できるんだからね!」

「げっ!?」


 確かにそうだ。インベントリを使えば、アイテムは質量も大きさも関係なく収納できる。それと同じように、スロット内部には無限にコインが貯められる仕組みになっているかもしれない。


「それって、永遠に止まらないってこと!?」

「コインで溺れちゃうのです!」


 ユーリとリリィが顔を青くする。実際、周囲は床一面コインだらけだ。このまま止まらなければ、店がコインで埋まってしまう恐れもある。


「そうだ、インベントリ――――っち、無理か!」


 ならばインベントリに収納すればどうかと思ったが、カジノのコインは収納不可となっているようだ。


 もう形振り構ってはいられない。コインに溺れて死ぬのはご免だ。


「こうなったら仕方がない! スロットを壊すぞ!」


 大量のコインをかき分けながら、スロットに全力チョップをお見舞いしていく。まさに激闘。正直、脱獄イベントのときよりも激しい戦いだったかもしれない。


 だが、俺たちはやりきった。もはやスロットエリア周辺はコインまみれだが、全てのマシンを沈黙させるに至ったのだ。


「リリィたちの勝ちなのです!」

「途中から撮ってる余裕がなかったのが残念だけどね」

「まぁまぁ。たぶん、撮ってもコインばっかりで何がなんだかわからなかったと思うよ」


 仲間たちも勝利の余韻に浸っている。だが、そんなことが許されたのは僅かな時間だけだった。


「お客様……お話があります」


 疲労感に座り込む俺たちへと声をかけてきたのは、やけにがたいの良い黒服の男だ。丁寧な態度に満面の笑顔。だが、ピクピクと動くこめかみに、隠しきれない怒気を感じた。

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