71. いざカジノへ。そして……

 良い感じの服は手に入ったし、団員集めを代行してくれる部下もできた。これで心置きなくカジノに行ける。目的は内部の下見だが、ついでに、ちょっと遊んでみるつもりだ。


 とりあえず、まずはアジトで着替える。実は、お互いが用意した服をちゃんと見るのはこれが初めてだ。服屋ではいろいろあったので、ぱぱっと注文を済ませてすぐに出たからな。


 俺はまあ、カジュアルなスーツ姿だ。


「ダーリン、カッコイイのです!」

「意外と着慣れてるね」

「でも、チンピラ感が凄いよ」

「まあ、ギャングだしな。問題ないだろう」


 評価は悪くない。ウェルンの言うとおり、アバター設定のせいで堅気には見えないが、ギャング団のボスならそれもまあ問題ないだろ。


「リリィちゃんのドレスは可愛いね」

「ぬふふ、ありがとーなのです。ウェルン、しっかり撮っておくのですよ!」

「もちろんだよ」

「はしゃぎすぎて転ぶなよー」


 リリィのドレスはまあ子供用というか、ひらひらとしたものがたくさんついている。ユーリの可愛いという言葉に嘘はないだろうが、微笑ましいというニュアンスが主成分なのではないだろうか。


「ユーリのドレス姿も似合ってるね」

「ありがとう、ウェルン君」

「もっとひらひらをつけたらいいと思うのです!」

「あはは、私は派手なのはいいかな」


 ユーリが来ているのは、肩の出たドレス。黒系統で派手さはないが、その分落ち着いた印象を与える。普段の快活な印象とは少し違うが、似合っているのは間違いない。


「お兄さん、何をまごまごしてるのさ。恥ずかしがってないで、こういうときはちゃんと褒めないと」


 ウェルンがにやにやと指摘してくる。どうも勘違いがあるようだ。俺は恥ずかしがっているわけじゃない。ただ、幼い頃の粗暴な印象があるので、どうしても“馬子にも衣装”という言葉が浮かんで来てしまうのだ。


 もちろん、俺にもそれが禁断の一言だということはわかる。ゆっくりと飲み下して、代わりに別の言葉を口にした。


「別にそういうんじゃない。俺も似合っていると思うぞ」

「ふぅん?」


 どこにも不自然さはなかったはずだが、ユーリの目がすっと細められた。思わず視線を逸らすと、それに合わせてユーリも移動する。目をのぞき込もうとするな。


「本当はどう思ったの? 怒らないから言ってみてよ」

「いや、だから似合ってるって言っただろ」

「本当かなぁ?」

「本当だぞー」


 俺の視線に合わせて、ユーリが正面のポジションを確保しようと動き回る。どこが落ち着いた印象だ。まったく落ち着きがないじゃないか。


「イチャイチャしてるのです!」

「いや、本当だね。幼なじみのわかってる感。これはポイント高いよ」

「ぐぬぬ……でもユーリなら許すのです」


 リリィとウェルンが勝手なことを言ってやがる。


「おい、ユーリ。いい加減にしろ!」

「もう。仕方がないな。じゃあ、最後にもう一度、感想をどうぞ」

「はいはい、似合ってるよ。今のお前は綺麗になったさ」

今の・・……?」

「あ、いや。まあ、気にするな」


 く……しまったな。最後に口が滑ったか。


 まあ、話が進まないと思ったのか、ユーリも矛を収めた。このまま無かったことにしたい。

 で、最後はウェルンだが。


「お前は、その、なんというか……」

「可愛い? カッコイイ? どっちかな」

「リリィが判断を下すのです。むむむ……ウェルンは、あざとい、なのです!」

「ひっどいな~」


 ウェルンが笑いながら抗議する。どうやら自覚がある模様。


 ヤツは袖なしシャツに細身のズボンという格好だ。少し長めの髪は後ろで縛っている。はっきり男女どちらとも言いがたい服装だった。アバターは少年……のはずだが、アルセイの頃よりも中性よりになっている。もともと声も高めなので、服装も相まって完全に性別不詳だ。


「俺、気づいちゃったんだよね。こういう格好の方が男女のどちらからも人気が出るって」

「なるほどなぁ」


 ウェルンは配信者だ。アバターの見た目で人気が出るなら、躊躇いはないのかもな。


「お兄さんはどう思う?」

「うーん。人気云々はわからんが、ミステリアスな感じはするかな」

「お、いいね! そういうの重要だよ」


 よくわからんが、俺がどうこう言うことではない。視聴者層のニーズに応えられているのなら問題ないだろう。


 まあ、ともかく、これでドレスコードはクリアだ。タクシーを呼び、カジノへ向かう。入口前にはやけに体格の良い黒服がにこやかな笑みを浮かべて立っていたが、特に何を言われるでもなく無事に中に入れた。


「とりあえず、最初は各人で興味のあるところを回るか?」

「俺はそれでいいよ。いろいろ撮って回りたいし」

「うーん。じゃあ、私も適当に見てみようかな」

「リリィはダーリンと一緒に行くです」


 持ち金をコインに変えて、中を見て回る。まずは、スロットマシーンでもやってみようか。現実では一度もやったことがないんだよな。こういう機械っぽいのとは致命的に相性が悪い。そういうことを気にせずやれるのがゲームの良いところだ。


 ……と思ったのだが。


「ダーリン、これは正常な動作なのですか?」

「正常なわけがあるか! どうにかして止めろ!」

「でも、コインがいっぱい手に入るのですよ?」


 リリィが首を傾げる。コインが手に入るのなら問題ないのではという顔だ。


 だが、問題がないわけがない。コインを投入することすらなく、スロットが回り続けているのだから。しかも、その度に絵柄が揃い、少なくないコインを吐き出すのだ。排出口に収まりきれなくなったコインがじゃらじゃらと床に落ちる。それでもスロットは止まらない。


「ちょ、ちょっと、ショウ! いったい、何したの!」

「しまったな。撮れ高を逃しちゃった。まぁ、今からでも遅くないか」


 別行動をしていたユーリとウェルンが合流する。騒ぎを聞きつけてきたらしい。


「別に何もしてない! スロットを一回やってみたら、これだ!」

「あ、うん。そうだよね。ショウならそうなるか」

「迂闊だったなぁ。カジノに浮かれちゃってたかも」


 納得するユーリに、反省するウェルン。頼むから、当たり前のように受け入れないでくれ! せめて、もっと驚けよ!

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