70. 任命式
ギャングA、Bに金を出させることによって、俺たちは予定通り服を買うことができた。刑務所から出たばかりのコイツらが何故金を持っていたのかは……まあ、気にすまい。
目的を達成した俺たちは、すごすご店を出た。白けた様子のアマネとビクつく店長の視線に耐えかねたのだ。いや、気にしてるのは俺とユーリぐらいで、ウェルンとリリィは平常運転だったが。リリィはともかく、ウェルンのヤツはメンタル強者だな。それだけゲーム慣れしてるってことかもしれない。羨ましい限りだ。
服は手に入ったが、そのままカジノへは向かわない。ギャング二人の扱いを決める必要があるので、一旦拠点に戻った。
「おお、すでにこんなアジトが! やっぱり異名持ちは凄えな、ドグ!」
「だなぁ、バーク! 俺たちもここから成り上がってやろうぜ!」
屋敷の玄関前で下っ端二人が騒いでいる。でっぷりと重量感があるのが、ドグ。標準体型でウィンクが苦手そうなのがバークだ。
驚く気持ちはわからないでもない。確かに弱小ギャングが持つにしては立派な拠点だ。とはいえ、このテンションはどうにかならないものか。テンションが高いだけならともかく、ことあるごとに俺を持ち上げてこようとするのが落ち着かない。しかも、大抵は例の異名を絡めてくる。正直、一緒に行動したいとは思えないんだよな。
「ウェルン、何か考えはないか?」
ドグ、バークは別室で待たせて、四人で相談だ。ヤツらを受け入れると発案したウェルンに意見を求める。たぶん、この手のゲームに一番慣れているのも、ウェルンだしな。
「うーん、そうだね。別行動ってことなら、二人にはギャングを集めて貰ったらどうかな。NPC同士のつながりもあるだろうから、俺たちよりは伝手があると思うよ」
「なるほどな。ついでに、NPCのとりまとめを任せれば面倒がないか。それなら幹部っぽいし」
「まあ、その辺りは適性次第だけどね。上手くやれば取り立てるって言っておけば、やる気も出るでしょ」
ウェルンの意見は悪くない。五月蠅い二人を遠ざけつつ、ギャング団を大きくするという目的も果たせる。ついでに、ヤツらの望む通りの幹部待遇だ。問題は幹部が務まるほどの能力があるかどうかだが……それは人集めの成否で見極めればいい。
「その方向でいくか」
「でも、そんな簡単に人が集まるかな?」
待ったをかけたのはユーリだ。少し首を傾げて、懸念を口にする。
「ギャングの知り合いは多いだろうけど、それが味方とは限らないんじゃない。ギャング同士で抗争が起こるってことは、基本的に仲が悪いんでしょ? 下手をしたら敵が増えるだけなんじゃ……」
「その可能性はあるな。愛の花っていう共通の敵はいるとはいえ、手を取り合えるとは限らないか」
今のGTBでギャングなんてやろうと思ってるヤツは基本的に外れ者だ。協調性なんてあるわけもない。愛の花が邪魔だって意識は共有できるだろうが、それはそれとしてお前らも気に食わないって展開は大いにあり得る。刑務所で力を合わせたのだって、脱獄までの一時的な共闘だったからこそ成立したのだろうからな。
対立が悪いわけじゃない。力尽くでねじ伏せて従えるのも実にギャングっぽいしな。問題はドグとバークに任せてそれが可能かという点だ。俺としてはヤツらと行動をともにしなくても良いってところだけで採用してもいいんだが、上手く行くならそれにこしたことはない。
「それなら、リリィに良い考えがあるのです!」
ぴょんと跳び上がりながら、リリィが主張する。やけに自信満々だ。まあ、リリィのヤツはわりといつもそんな感じである。つまり、態度で信用してはいけない。
「本当かぁ?」
「ふふふ、もちろんなのです! リリィにはNPCの気持ちが手に取るようにわかるのです!」
「いや、それは嘘だろ」
NPCはサイバノイドほど自律的な思考はしないし、さらにリリィはサイバー空間より現実世界での生活を選んだ変わり者だ。同じサイバー空間出身であるかもしれないが、どう考えてもリリィは異端児である。
だが、きっぱり否定しても、リリィの自信は揺るぎもしなかった。
「今回に関してはホントに自信があるのです! 任せるのです!」
そこまで言うならということで話を聞いた結果、リリィの提案は採用されることになった。俺以外の賛成によって。
「――というわけで、お前たちには仲間を集めてもらうのです!」
「「了解っす!」」
「上手くやったら幹部なのです! ダーリン団長に恥じない活躍を期待するです!」
「「うっス!」」
単に命令を下すだけで終わるより、こうして儀式めいたことをやった方がモチベーションが上がるってことで採用された。確かに、ドグとバークの士気は高い。キラキラと目を輝かせている。
「ギャングたちの中には、かつてお前たちと敵対していた者もいるはずなのです。そういうヤツらを従えるのに、お前たちでは格が足りない。そこでダーリン団長がお前たちに力を貸してくれるのです!」
「「おお!」」
リリィがこちらに視線を向ける。俺の出番らしい。気は進まないが……決まったことなので仕方がないか。
ドグ、バーグの期待の目に気圧されつつ、インベントリからフライパンを取り出す。
「お前らには、
「「お……おおおお!」」
差し出すと、二人はうやうやしい態度で受け取った。慎重に下から支え持つようにする様は、とても貴重な物を扱っているように見える。それ、ただのフライパンだぞ。わかってるのか……?
「それはお前たちが俺の代理人である証だ。逆らう者はそれで打ち倒せ。その威光のもと、手下を集めるんだ」
「「おおおおお!」」
感極まったように平伏す二人。それに合わせて、フライパンがキラリと輝いたような……いや、気のせいか?
まあ、なんにせよ、これがリリィの提案した策だ。つまり、ドグ、バークを“フライパンの魔王”の代理人に任命して兵隊を集めようってことらしい。ただのフライパンにそこまでの求心力があるのか甚だ疑問だが……コイツらの反応を見ると、あながち否定もできない気がしてきた。
それはそれで不安なんだよなぁ。また、妙な噂が広がったりしないか? いや、絶対するだろ、これ。
不吉な予感に頭を悩ませていたら、ウェルンが励ますように肩を叩いてきた。
「まあまあ、お兄さんならフライパンがなくったって、撮れ高は作れるって!」
いや、誰もそんな心配はしてないから。
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