69. 上納金
とにかく、まずは誤解を解かねばならない。ギャング連中はともかく、店主のおっさんをどうこうするつもりはないのだ。この少女もGTBプレイヤーならば、知り合いの安全さえ確保できればとやかく言わないだろう。
だが、その前におっさんが叫んだ。
「に、逃げろ、アマネ! コイツは魔王だ!」
なりふり構わず土下座までしていたのに、知人の少女を逃がそうとする。NPCなのになかなかの義侠心だ。魔王扱いされているのが俺じゃなければ良いシーンなんだけどな。
「いや、あのな――」
「ボス、ここは俺たちに任せるっス」
「あの女を逃がさなきゃいいんですね? 手柄を立てて、幹部に取り立ててもらうチャンス!」
誤解を解こうとする俺の言葉を遮ったのはギャング二人。いつの間にかボス扱いで、指示していないことを勝手に実行しようとしている。
標的にされていると気づいた少女が顔を青くした。この反応からすると、GTBには不慣れみたいだな。
彼女を助ける義理があるかといえば、別にない。俺たちが巻き込んだ形ではあるが、偶発的な事故みたいなものだ。ゲームをやっていればそういうこともある。
ただ、誤解を抱いたままリスポーンされるのはよろしくない。魔王だとか、コイツらのボスだとか、甚だ不名誉な悪評を広められると困るのだ。
「誰がボスだ! お前らなんか知らん!」
無関係アピールをしつつ、フライパンを投げる。狙ったのはギャングAだったかBだったかわからないが手前側にいたヤツだ。
「めきょっ!?」
投げ捨てた銃を拾い上げようとしていたところにクリーンヒット。ソイツは妙な悲鳴を上げながら地に伏した。
そこまでは狙い通りである。だが、それでは終わらなかった。フライパンは止まらない。明らかに無理のある軌道でもう一人のギャングに迫る。
「むきょっ!?」
またもや珍妙な悲鳴。完全に死角だったのか、もう一人のギャングも反応すらできずに昏倒した。
なおもフライパンは飛び続ける。急カーブを描き、くるくると回転しながら迷いなく進む先には俺。狙い通りといった感じで、ぴったりと手元に戻ってくる。
いや、おかしいだろ!
まるで意思があるかのような動きだったぞ!
本当に伝説の武器とかじゃないよな。もしくは、呪いの武器。なんかそっちの方がありそうだな。捨てても戻ってくるとか。
「ひぃ、やっぱり魔王だ! 頼む! 調理しないでくれ!」
「え、本当に魔王なの……?」
おっさんは再び土下座体勢に入り、プレイヤーの少女も俺への疑惑を深めたようだ。踏んだり蹴ったりだな。
「誤解だ。まずは話を聞いてくれ」
「話、ですか? まあ、聞くだけなら……」
幸いだったのは、アマネというプレイヤーが話を聞く気があったことだ。俺は言葉を尽くして説明した。何故、こんな名前で呼ばれるようになってしまったかを。結果――――
「なるほど、話はわかりました。でも、特に誤解はなかったような……」
誤解を解くどころか、正式に魔王認定されてしまった!
「いや、待て。話を聞いていたか?」
「聞いてましたよ。フライパンで警察官を返り討ちにしたり、ヘリコプターを落としたんですよね? 火炎放射を受けても無傷だって話ですし……どう聞いても魔王では?」
「……くっ!」
思わず頷きそうになってしまった。なんて、論破力だ。事実を羅列しただけなのに、説得力が凄まじい。
思わず仲間たちを見ると、リリィは誇らしげに腕を組み、ウェルンはニヤニヤ、ユーリはニコニコ笑っている。誰も助けてはくれないらしい。
不利な戦況だが、退いたのは俺ではなくアマネだった。
「まあ、それはどうでもいいんです。とにかく、おじさんを傷つけるつもりはないんですよね?」
「あ、ああ。システム系の役割があるNPCを殺すと面倒だからな」
「……はぁ。それなら私から言うことはないです。お好きにどうぞ」
そう言ってアマネが視線を向けたのは、ギャング二人。アマネへの説明の途中、目を覚ましたヤツらは再び土下座で脇に控えている。ヤツらから金を奪う分には気にしないってことだろう。
金がなければ服は買えない。何となくやりづらいものを感じつつ、俺はギャング二人の前に立った。
「おい、お前ら、聞いていたな? 俺たちは服を買うための金がいる。素直に出すなら命だけは助けてやるが」
フライパン片手に問う。間抜けな絵面だが、コイツら相手には銃を持つより説得効果があるので仕方がない。
ギャング二人は顔を見合わせると頷いた。
「わかってます。上納金ってヤツっすね?」
「ガンガン稼ぐんで、幹部への取り立てを考えて欲しいッス!」
「いや、あのな――」
部下にした覚えはないと告げようとしたところで、ちょいちょいと背中をつつかれる。ウェルンだ。
「いいじゃない、部下にすれば。予定通りでしょ。お金も手に入るならラッキーじゃん」
そうなんだよな。カジノを襲って金を集めようと企んだのも、ギャング団の運営資金のため。自ら進んで部下になってくれるならば、むしろ望むところだ。“フライパンの魔王”の噂を無闇に広げてくれた恨みを忘れるならば、だが。
「……そうだな」
悩んだ挙げ句、俺は二人のNPCギャングを受け入れることにした。大事の前の小事だ。多少の恨みなら流すことにしよう。ただし、部下の教育はきっちりやるつもりだが。二度と不名誉な異名を口にしないように徹底しないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます