67. 金づる
目的が決まり、やってきたのはカジノ……ではなく服屋。目的は下準備のための下準備だ。
「まさか、カジノにドレスコードがあるとは」
「ちょっと迂闊だったね」
ウェルンとお互いの顔を見て苦笑いを浮かべる。
実は、襲撃前に一度カジノで遊んでみようという話になったのだ。客として入れば堂々と内部を調べられる。警備の配置なんかを事前に把握しておけば、強盗もやりやすいだろうという魂胆だ。
だが、思わぬ障害に阻まれた。それが、ドレスコードだ。
俺たちの格好はゲーム開始時のまま。間違っても囚人服とかギャングファッションではない、ごくごく普通の服装である。なので、特に問題ないかとそのままの格好でカジノに向かったのだが、中に入る前にすごすごと戻ってくることになった。何故なら、周囲を歩く人間がみな、スーツやドレスで着飾っていたからだ。
考えてみれば当たり前かもしれない。カジノが客として歓迎したいのは、相応の金をギャンブルにつぎ込める富裕層である。貧乏人に用はない。ドレスコードは客として相応しいか見極めるための、一種の判別装置になっているのだろう。
まあ、実のところ、本当にドレスコードが存在しているかどうかは確認していないんだけどな。もしかしたら、Tシャツ&ジーンズでも入れてもらえた可能性もある。だだ、そうなると確実に浮く。強盗前の下調べなのに、顔を覚えられたら最悪だ。なので、まずは相応しい服装を手に入れようと考えたわけだ。
ドレスもスーツも仕立てるとなると時間がかかるが、そこはゲームの世界である。ショップで注文すれば、即座に体型にフィットしたものが出てくるので心配はいらない。
「ところで、俺は金を持ってないんだが」
「リリィもないのです!」
問題は先立つものがないことだ。金がなければ服も買えない。
「当然、俺も持ってないよ」
「あはは……私も」
なんと、四人いて全員が無一文である。
「ユーリも持ってないのか? あんなアジトがあるのに?」
「あれは、依頼人の一人が譲ってくれたんだよ。依頼の遂行に必要ならって」
「その依頼人から金を貰うことは?」
「お願いすれば用立ててくれるとは思うけど、今はログインしてないと思うよ」
まあ、それもそうか。平日の昼間だしな。
これは困った……というわけでもないか。俺たちは立ち上げたばかりとはいえギャング団だ。欲しければ奪えばいい。
「さっそく、ひと仕事ってところか」
「そうだね!」
「ま、まあ、そういうゲームだし、ね?」
俺の言葉にウェルンはニコニコと頷く。最初からそのつもりだったのだろう。ユーリは少し気が咎めているようだが、反対はしなかった。まあ、後々カジノ強盗をやる予定だからな。ここで躊躇う意味もない。リリィに関しては言わずもがなだ。
「リリィのサブマシンガンが火を噴くのです!」
「武器はそれしかないんだから、無駄玉を撃つなよ」
「了解なのです!」
そうして意気揚々と服屋に乗り込んだのだが……問題が発覚した。店に服がないのである。いや、ないというと語弊があるか。ハンガーラックに様々な服が吊されてはいるのだ。だが、それらを手に取ることはできない。完全に、背景オブジェクトだった。
「おいおい、あんたら、まごまごしてどうしたんだ? 服が欲しいんだったら、俺に言えよ?」
四人して途方に暮れていると、カウンターでやる気なさげに頬杖をついていたおっさんが声をかけてきた。一応、仕事をするつもりはあるらしい。
「ねぇ、おじさん。ここって服屋なんだよね?」
情報を得るのに都合が良いと考えたのか、ウェルンが尋ねた。
「ああん? そりゃそうさ。見たらわかるだろ」
「いや、でもさ。ここの服、手に取れないんだけど」
「ああ、それは見本だ。うちは、オーダーメイドで注文を受けて、金と引き換えに商品を受け渡す」
「ふぅん? でもさあ、物がないのに受け渡すってどういうことなの?」
「それはな――――」
おっさんと数度やり取りすることで、何となくGTBのショップシステムについてわかってきた。一部の店……例えば、宝石店なんかはショーケースに現物が並んでいて、それを強奪することが可能だ。一方、服屋やカーショップなどのプレイヤーごとのカスタムがある商品に関しては、発注して金を払うことによって現物が届くのだとか。
つまり、現状において、この店に見本以外の服はないということになる。現物を得た後に店主を脅して払った金を回収することはできるが、商品を買う金がなければそれもできない。
困った俺たちは円陣を組むように、四人で集まった。相談タイムだ。
「……どうする?」
「店主からお金を奪って、そのお金で服を買えばいいのです」
「ご、強盗相手に売ってくれるのかな?」
「抵抗が激しかったら撃つってわけにもいかないしね。店主がいなくなったら服が買えなくなっちゃう」
GTBではシステムに関わるNPC――例えばこのおっさんのようなショップ店員――も普通に死ぬ。しばらくすると、店員は戻ってくるそうだが、それまでの間はショップが使えない。うっかり殺してしまうと面倒だ。
「お兄さんの力でどうにかできない?」
「いや、無理だ」
俺の体質を利用しようというのだろうが、残念ながらウェルンの期待には応えられない。趣味とかこだわりの問題ではなく、どうにもならないのだ。オブジェクトとして存在するものに関しては比較的思い通りに破壊できるが、システム的なものを意図的にどうこうすることはできない。できたら、俺のゲームライフはもっと平和になっている。
一度出直して金を作るべきか。そう提案しようとしたが、言葉にはならなかった。
「ひゃっはー、強盗だ! 全員、手を上げな!」
「金だ! 金を出せ!」
入り口から銃を構えた二人組が入ってきたのだ。どうやらNPCの同業者らしい。この街のギャングはほとんどが腑抜けになっているので、おそらく先日の脱獄イベントで出てきたヤツらだろう。
面倒なことに巻き込まれたなと思ったが、ウェルンの意見は違うらしい。
「やったね、お兄さん。金づるが向こうからやってきた。アイツらに服代を出して貰おうよ!」
つまりは、強盗から金を奪えと?
何て言うか、適応能力が高いヤツだな。さすがはゲーマー……なんだろうか。
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