65. ちょっとした要求

 悠里と話をつけた翌日。俺たちは再び、ギャングタウンに足を踏み入れた。これまでずいぶんと濃い体験をしたが……まだ二度目のログインなんだよな、実は。


「アジトの場所はリリィが知ってるんだよな?」

「聞いてはいるのです! こっちですよ」


 俺たちは、ハルシャを懲らしめるために連合を組んだ。活動拠点は悠里の事務所の方で用意してあるって話だったので、早速そちらに向かう。


「ここなのです!」

「ゲーム内とはいえ、なかなか立派だな……」


 たどり着いたのは、庭付きの一戸建て。現実で同じ規模の敷地と家を持とうと思えば、購入額が億に届くこと間違いなしだ。ゲーム内でも、手に入れるのは大変なんじゃないか、これ。


「悠里、着いたのです! 開けるのです!」


 物怖じしないリリィがドアをどんどんと叩くと、その向こうから聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「はいはい、ちょっと待ってね。今、入室許可を出すから」


 少し待っていると、入室が許可された旨のシステムメッセージが表示される。リリィがドアノブを捻ると、抵抗もなくドアがガチャリと開いた。


「いらっしゃい。待ってたよ」


 出迎えたのは、スーツスタイルの女性アバターだった。頭上にはユーリの文字。プレイヤネームも以前のままらしい。


「うわぁ。ずいぶんと厳ついアバターにしたんだね」


 俺の上から下まで視線を巡らせ、ユーリが感想を漏らす。


「まあ、GTBに合わせてそれっぽくな。ユーリは事務所で働いてるときみたいな格好だな」

「ふふふ、できる秘書っぽいでしょ?」

「……ノーコメントってことにしておこう」

「なんでよ!」


 いや、似合ってはいるんだが……良く言って、フレッシュな新人って感じだ。ベテラン感はないな。


「まあ、ここで話すのもなんだし、奥にどうぞ。もうゲストも来てるし」

「ゲスト?」

「おお、もう来てるですか!」


 ユーリに促され奥に向かう。


 中は普通の住宅って感じだ。廊下を抜けた先はリビングで、ソファに一人の少年が座っていた。ゲストってコイツのことか。リリィは知っているみたいだが。


「あ、お兄さん、遅かったね!」


 機嫌良くニコニコ笑っている少年が右手を挙げる。どこかで聞いたことがあるような声だ。それもそのはずで、プレイヤーネームも俺の知る人物と一致していた。


「ウェルンか。お前も、GTBやってたんだな」

「いや、さっき始めたばかりだよ。師匠に教えてもらってね」

「仲間は多い方がいいと思って、リリィが呼んでおいたのです!」


 えへんとリリィがる。あまりに大袈裟な態度に少し呆れるが、たしかに助けはありがたい。今回はデスゲームほどの危険はないので、巻き込むことに抵抗は少ないしな。


 もちろん、リスクがないわけではない。ハルシャの洗脳は、プレイヤーにも影響をもたらす。しかし、NPCのように完全に人格が変わってしまうことはないようだ。せいぜいが一時的に戦闘意欲が失われる程度らしい。長期間に及んだり、短時間で連続して受けるとどうなるかはわからないので安心はできないが、即座に命の危機があるわけではない。


「そうか。協力してくれるならありがたい。頼むな」

「任せてよ! その代わり、お兄さんには撮れ高を期待してるからね!」

「……まあ、好きにするといい」


 ニッコリと笑うウェルンに苦笑いを返す。そんなものを期待されても……と思うが、期待するだけなら勝手にすればいい。俺はまともにゲームをするだけだ。


「で、早速お願いなんだけどさ」

「……なんだ?」

「お兄さん、料理を作ってくれない? お腹が空いて困ってるんだ」


 いきなりの要求に身構えるが、聞いてみれば大したことがない内容だった。


 実は、このゲームには空腹システムがある。一定期間食事を取らないと空腹状態になり、そのまま放置していると餓死するのだ。死んだら空腹ゲージもリセットされるし、刑務所内では空腹状態にならないので、前回は全く気にしていなかったが。


「まあ、いいんだが……なんで、俺なんだ?」

「そりゃだって、フライパンの魔王なんでしょ? 何か面白そうな動画がとれそうじゃない?」


 な、なぜ、それを!

 こいつ知ってやがるのか?


 リリィに視線をやると、さっと目を逸らした。内通者は見つかったようだな。


「別にただ料理するだけなら、面白い事なんてないだろう」

「まあ、いいからいいから。え、自信がないの?」

「……いいだろう、やってやる! ごく普通の料理を作ってやるからな!」

「うんうん。お願いね!」


 安い挑発だとわかってはいるが、ついつい乗ってしまった。だが、あそこまで言われてはな。俺だって、まともにゲームができるってところを見せてやらないと。


 と、意気込んだのはいいが、材料がないので作るのはシンプルな目玉焼きだ。油を引いたフライパンに卵を落として火にかけた。ちなみに、フライパンは調理場にあったものだ。ヘリを落とした経歴などない、ごくごく普通の品である。


「みなさん! 伝説の目玉焼きに再びお目にかかれるかもしれませんよ~!」


 ウェルンが虚空に向かって話しかけている。どうやら早速撮影しているらしい。そんなものは無視して淡々と調理に集中する。


 1分経ち、2分経ち……流石に、何かがおかしいと気がついた。フライパンの卵はまったく焼ける気配がない。


「これ、火はついてるんだよな?」

「うん。どう見てもついてると思うけど……」

「おっと、さっそく異変が!」


 うるさい外野は無視して、ユーリとコンロの使い方を相談する。とはいえ、視覚的にもスイッチ的にも火は間違いなく出てるんだよな。


「あ、わかったのです!」


 しばらくして、リリィが声を上げた。振り向けば、はいはいと手を挙げて、ぴょんぴょん飛び跳ねている。このパターンは嫌な予感しかしない。だが、聞くしかないのだ。


「何がわかったんだ?」

「ダーリンのやけど耐性が、卵にも効いてるのです!」

「……それって、例の称号のヤツか?」

「はいなのです!」


 なんでだよ!

 やけど耐性が料理の素材にまで影響したら困るだろ!


 しかも、火炎放射器の炎すら完全無効化するほどの耐性である。いつまで経っても卵が焼けるわけがない。


「あははは! 流石はお兄さんだ! 期待に応えてくれるね!」


 ウェルンは楽しげに笑っているが……俺は泣きたい気分だ。

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