64. CF相談事務所
ハルシャの悪行に怒りを覚えたのが、昨日のこと。仕事前に悠里へと連絡すると、待ってましたとばかりに歓迎され、翌日――つまり今日会うことになったのだが……
「はーい、ここが私たちの働いているCF相談事務所です」
「いや、俺は別に事務所に用は……」
「いいからいいから」
「いいからなのです!」
俺は何故か、連行されるように悠里たちの事務所へと案内されることになった。
まあ、今回の件もサイバノイドに関する相談には違いないか。となると、これも仕事の依頼ってことになるのか?
だが、待て。俺はリリィに巻き込まれただけだぞ。マッチポンプというわけじゃないが、釈然としないものがある。
事務所は、まあわりと普通だ。居室らしき部屋には複数のデスクが並んでいる。デスクの数からすると、所員の数は多くて7,8人ってところか。だが、今はそのどれにも人は座っていなかった。人は。
……気のせいだろうか。部屋の中央あたりのデスクに、マネキンみたいなのが座ってるように見えるんだが。というか、親しげな様子で手を上げられたんだが!?
「なっ、何だ?」
「ああ。あれは――――」
思わずリリィに尋ねようとするが、返事の前に、そのマネキンが立ち上がる。
「おいおい、どうしたんだね。そんな幽霊を見たような顔をして?」
「ペロリ、ペロリ。お前、今、マネキンなのです」
「おお!? そういえば、ちょうどメンテ中だった!」
陽気に喋るマネキンに、リリィが呆れ気味に突っ込む。そのやりとりで、この状況がここでは日常の出来事であることがわかった。少なくとも怪異の類いではないらしい。そうとわかれば、多少は落ち着いてくる。
って……待て。
「お前、ペロリなのか? アルセイにいたおかしな料理人の?」
「いかにも! 私はペロリである! おかしな、は余計だがな!」
「マジかよ」
そういえば、ペロリは悠里の事務所の同僚って話だったな。ここにいても不思議ではない。だが、まさか……
「お前、サイバノイドだったのか」
メンテ中ということは、普段は別の体なのだろう。SFの世界だとサイボーグ化した人間みたいなのがいるが、今のところ全身機械化したという事例は聞いたことがない。つまり、体を移し替えられる存在といえば、サイバノイドしか考えられない。
正直、想像もしてなかった。だが、リリィという例があるので、他にサイバノイドの移住者がいてもおかしくないのだ。いや、むしろペロリという前例があるからこそ、リリィがあっさり受け入れられたってことだろうな。
「おや、リリィ君に聞いてなかったのかね?」
「なんで、家でお前の話なんかしないといけないのです」
「ははは! これは手厳しい!」
リリィの塩対応にも、ペロリは挫けない。なんというか、リアルで会うと余計にテンションの高さがウザいな。悪い奴じゃないんだろうが……。
「ペロリさん、
普段通りのことなのか、悠里は二人のやり取りをスルーして尋ねる。問われたペロリは、困ったような様子で首を振った。顔がないのに、意外と感情が伝わるものだな。
「いつもの発作だよ。君たちが入ってきた途端にね」
「ああ……そうですか」
「いつも通りなのです」
俺以外の三人の視線が、居室の奥にあるデスクへと向く。おそらく、配置からして所長のデスクだと思うんだが、そこには誰もいない……よな?
だが、悠里は気にした様子もなく、無人のデスクに呼びかける。
「奏さーん、翔を連れてきましたよー」
すると、無人のデスクから手が生えた。手は無言でオーケーサインを示している。
「奏さんが連れてこいって言ったんですよ? 話をしなくてもいいんですか?」
再度の問いかけに、手はぶんぶんと左右に揺れた。
「……なんだアレは?」
いったい、何を見せられてるのか。思わず呟くと、リリィとペロリがやれやれと首を振った。
「アレは所長なのです」
「三戸所長は極度の人見知りでね。来客があるといつもああなんだ。まあ、気にしないでくれ」
「いや、無理だろ」
一応、あれも怪異ではないらしい。それどころか、あの右手がCF相談事務所の所長、
「所長が人見知りってどうなんだ?」
「どうなのです?」
「まあ、とりあえず困ってはないので良いのではないかな?」
いや、今、俺が困ってるぞ。反応に。
「うーん、やっぱりだめみたい。私たちで話を進めてって。あっちで話そうか」
所長を引っ張り出すのを諦めた悠里が、居室の隅に設けられた応接スペースを指し示す。テーブルを挟んでこちらに俺とリリィ、向かいに悠里とペロリが座った。
「話ってGTBのことだよね? もうやってみたの?」
「ああ、それに関して話がある……んだが、これで相談料とるつもりじゃないよな?」
「まさか! というか、相談はもう各所から来てるの。むしろ、翔が協力してくれるなら、こっちから報酬を支払うつもりなんだよ」
そのあとの話し合いはスムーズに進んだ。こちらの事情については概ね把握していたので、状況説明すらほとんどいらなかった。やはり、悠里とリリィが共謀して、俺を巻き込もうとしていたらしい。その点は少々気に食わないが……結局、俺は悠里たちと協力してサイバノイド、ハルシャを懲らしめることになった。
交渉はうまくいったが……妙に疲れる一日だったな。
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