62. とびっきりの上物

 ハルシャには逃げられてしまったが、警察連中は大盛り上がりだ。プレイヤーだけでなくNPCまでもが一緒になって騒いでいる。いや、警察だけじゃないな。いつの間にか、囚人までが合流して喜びあっている。なかなか異様な光景だ。


 それだけ『愛の花』には迷惑してたってことだろう。手傷を負わせ撤退させただけで、この喜びようなんだから。


 ただ、ハルシャが本当にサイバノイドなら、今回の勝利にどれほどの意味があるのか。サイバー空間において、アイツらは部類の強さを発揮するからな。ま、今、それを口にして喜びに水を差すのも無粋か。


 少し間だけ馬鹿騒ぎに付き合って、俺とリリィはそっと喧噪から抜け出した。盛り上がっているのは刑務所まわりだけ。少し離れれば、騒がしさとは無縁の街並みだ。ゲーム内時間では夜が近いせいか、周囲は静まりかえっている。それが何故か、息を潜めているかのように感じられた。


 愛の花が撃退されたという知らせが届いていないのだろうか。もし届いていてこれなら、ヤツらの影響はかなり広がっているのかもしれない。まあ、一般市民にしてみれば、平和な街は望むところだろうから当然か。変な抵抗をしなければ、ヤツらも洗脳まではしないだろうし。


「よし。じゃあ、ログアウト前に、ブツを届けるか」

「了解なのです!」


 ログアウト予定時間が近いので、その前にキラービーの入団試験を終わらせるつもりだ。目的地までは少し距離がある……が、車に乗ると何が起こるかわからないので走って向かうことにする。


「あっさりついたな」

「やっぱり、入る路地が違っていたのです」

「マップがいまいち役に立たないよなぁ」


 数時間前は迷いに迷って結局たどり着かなかった目的地。別方向から来たら、あっさりとたどり着いた。やはり、入る路地が違っていたようだ。マップ機能が不親切すぎる。


 まあ、それはそれとして。


「レストランだよなぁ」

「なのです」


 取引場所に指定されていたのは、どう見てもレストランだ。営業時間は終了したらしく、入り口のドアには“closed”と書かれた札が下げられていた。だが、店内はまだ明るく、作業をしている人影も見える。どうやら閉店作業中らしい。


 明らかに、不法薬物を取引するような雰囲気ではない。何となく結末が読めた気がするが……いつまでもここで突っ立っていても仕方がないので、ドアノブに手をかける。鍵は閉まっていなかったので、普通に入ることができた。


「あ? すまないが、今日はもう閉店――――」

「客じゃない。遅くなったが、例のモノを届けに来た」

「……ああ、話は聞いているよ。店長なら奥にいるから」


 入ってすぐにウェイターに止められたが、ブツの入った黒い鞄を掲げてみせると、あっさり引き下がった。そのあとは、案内すらせずに作業に戻っていく。まあ、閉店直前だから忙しいか。


 言われた通りに奥へ進むと、コック服のおっさんがいた。


「なんだ、お前たちは?」

「俺たちはキラービーの……」

「おお、やっときたか! さあ、すぐにモノを見せてくれないか!」


 このおっさんが店長兼料理長らしい。言われるままに黒い鞄を差し出すと、おっさんは中から白い粉が入った小袋を取り出す。それに留まらず、小袋を破ると中の粉末に指を突っ込んだ。


「ふむふむ……悪くはなさそうだ。味の方は……うむ、流石だな!」


 薬物の品定めってあんな風にするのか? しないよなぁ。というか、味とかあまり関係なさそうだ。って、ことはやはり……俺の中でますます疑念が膨らむ。


一方で、粉の品質を見極めたおっさんはとても上機嫌だ。


「よし、決めたぞ! お宅と契約することにしよう。納品量と価格に関してはまた別途相談と言うことで。来月から頼むと、ボスに伝えてくれるか」


 取引もあっさりと終了だ。これで入団試験をパスしたことになるんだが……ただなぁ。


「一応、ごねるようならフライパンで黙らせるようにって言われてるんだが」

「ははは、サンプルの提供か? 俺も料理人の端くれだからな。素材の良さの見極めぐらいはできる! お宅の小麦粉は最高品質と言っていいぞ」

「……そうか」


 やっぱりか。ついに決定的な言葉が出たな。


 あの白い粉……小麦粉かよっ!


 結局、リリィの言ったことが正しかったわけだ。あのギャングのおっさん、しれっと嘘を吐きやがって。なにが、“とびっきりの上物”だ!


 ……あ、いや、嘘は言っていないのか。ただの・・・小麦粉ではなく、上物の・・・小麦粉って意味ならな。紛らわし過ぎるだろ!


 フライパンで黙らせろって言うのも、この感じだと調理して味を見せろって意味だったらしい。俺が勝手に勘違いしたんだといえばその通りだが……ギャングの入団試験で料理の課題が出るなんて思うわけがないだろ。


 結局のところ、キラービーというのはギャングとは名ばかりの小麦卸業者だったのだ。そりゃ、ポスターで入団募集もするよな。違法性皆無なんだから。


 平和ボケしたギャング。間違いなく、あの愛の花って組織の仕業だろう。もっと言えば、諸悪の権現はハルシャってサイバノイドが原因だ。


 今更ながらに怒りがこみ上げてくる。なんで、あそこで逃がしてしまったんだ。


 このままではすまさないぞ!

 いいだろう。俺が絶対にゲームを取り戻してやる!


 とはいえ、サイバノイドを拘束するとなると、俺だけでは無理だ。まずは悠里に連絡を取る必要があるな。

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