60. 口笛吹けないのです

「黙れ、魔女めが! お前が来てからGTBは滅茶苦茶だ!」


 伝説の配管工が激しい口調で糾弾する。他のメンバーもそれに続き、口々に少女を罵った。


 何というか……意外だ。口の悪いどーまんやイガラーならともかく、飄々としている伝説の配管工やぺけ丸までもが、ここまで強い敵意を見せるなんて。しかも相手はNPCなのに。よほど強い因縁があるのか?


 ずいぶんと盛り上がっているようだが、俺には全くついていけない。ただ、伝説の配管工は“共闘”という言葉を口にしたんだよな。それも交渉を持ちかけるわけでもなく、当然の流れとしてそうなるという口ぶりだった。少なくとも、ヤツにはこの少女が俺の敵だという認識があるってことだ。


「いったい、なんなんだ、コイツら」

「あー……たぶん、アレなのです。彼らは愛の花とかいう……ほら、たくさんのポスターを張ってた団体なのです。なるほどなー、なのです。あの女が例の……」

「ん? ……ああ、何かいたな、そういうの」


 リリィに言われて記憶の引き出しをひっくり返せば、わりとすぐに思い当たった。そういえば、あったな、そんなポスター。ギャングの入団募集のビラが張ってあった掲示板の大半は、その愛の花とかいう団体のポスターだった。世界を平和にするとか何とか。そんな活動目標を掲げていたんだっけ?


 そう言えば、少女も平和を祈って花を配ってるって言っていたな。多くのギャングが根城にしている街で何を馬鹿なことをと思っていたが、意外に影響力のある組織だったみたいだ。


 なるほど。ゲームの趣旨を考えれば、多くのプレイヤーにとって少女は敵なのかもしれない。誰も街が平和になることなんて望んでいないからな。


 とはいえ……ここまで目の敵にするほどか?


 困惑する俺を置き去りにしたままで、事態は進んでいく。緊迫する空気に耐えられなくなったのか、警官NPCの一人が発砲したのだ。


 相手は武器すら持たない少女だ。予想される結末は、凶弾に倒れる彼女の姿。だが、違った。彼女は確かに魔女だった。


 何をしたのか、正確にはわからない。俺が見たままを話せば、少女は手にした一輪の花を銃弾に向けてただ振っただけ。当然ながら、銃を撃たれてからでは間に合わない。おそらくは警官の暴走を予期していたのだろう。


 花を振った程度で銃弾が止まるわけもない。だが、事実として、銃弾は勢いをなくし、地に落ちた。まるで、平和に目覚め、争いを厭うたかのように。


「話し合いで済めばよかったのですが……そうはいかないようですね。悲しいことです」

「黙れ!」


 目を伏せる少女。激高する伝説の配管工。そこからは本格的な戦いが始まった。


 銃を持つ警官と、花しか持たない一般市民の戦い。人員差すらほとんどないとなれば、勝敗は火を見るよりも明らかだと言える。


 とはいえ、それは魔女の力がなければの話。白い服を着た集団が、手にした花を振る度に、銃弾はストライキでも起こすように働かなくなる。ヘリからの攻撃も同じだ。おそらく、ひと振りする度に一定期間バリアのようなものが張られるのだろう。


 相手の防御は完璧。では攻撃面はというと、先頭の少女だけがダーツでも投げるみたいに花を飛ばしていた。いったい何の意味があるのかはわからないが、警官側はプレイヤーも含め必死の形相でそれを避けている。おそらくは攻撃なのだろう。


 花ダーツのスピードは目視できる程度なので、かわすのは難しくないはずだ。しかし、集団で行動していることが祟った。避けようとしたところで味方にぶつかり、ついに一人の警官NPCが直撃を受けたのだ。


 途端、ソイツは崩れ落ちるかのように座り込む。


「あ、ああ……俺は何で……戦いを……」

「ちっ! 誰か、ソイツを退かせろ! 二度三度食らうと、完全に洗脳されちまうぞ!」

「り、了解です!」


 どーまんの指示で、座り込んだ警官NPCが後方に下げられていく。


 それにしても……洗脳?


 穏やかじゃない言葉だ。どうやら、あの花は人を強制的に平和主義へと変えてしまう代物らしい。ぺけ丸やイガラーたちも避けてるってことは……ひょっとしてプレイヤーにすら影響があるのか!?


「ヤバいってレベルじゃないだろ! アイツ、何なんだ?」

「アイツはサイバノイドのハルシャなのです!」

「サイバノイド!? というか、お前、知っているのか」

「もちろんなのです! アイツのことを探るのがリリィの仕事なのです!」


 こんなときにも関わらず、リリィがドヤ顔で胸を張る。コイツの仕事といえば……CFサイバーフロンティア相談事務所の案件か!


「お前がやたらとGTBを勧めてきたのはこれのせいかよ!」

「ひゅぅ……ひゅ……口笛吹けないのです……」

「吹かんでいい」


 新しいゲームを始めるにあたって、GTBを選んだのは俺だ。しかし、選んだ理由のひとつとしてリリィが猛プッシュしてきたってのがある。どうやら職場の思惑が裏にあったらしいな。俺を巻き込むつもりだったのか。


「おい、何をぼけっとしてるんだ! こういうときこそ魔王の出番だろうが!」


 苛立たしげにまろにぃが叫ぶ。それに便乗するように、リリィが拳を突き上げた。


「そうなのです! ダーリン、あの性悪をそのままにしておいては駄目なのです! ぎったんぎったんにしてやるのです!」


 どうにもハメられた気がするが……確かにゲームを台無しにするヤツは許せないよな。


 よし、いっちょやってやるか!

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