58. 追い込まれて……

「考えても答えは出ないな。仕方ない……戦いを再開するか」


 伝説の配管工がそう言って締めくくった。とはいえ、ドンパチするって空気でもなくなってしまったが。


 俺たちは微妙な表情で顔を見合わせる。そこにリリィから声がかかった。


「話し合いは終わったのですか?」

「ああ」

「了解なのです!」


 返答した直後だ。ダダダと連続して銃声が響き、まろにぃが倒れた。


 下手人はリリィ。その手には、いつの間にかサブマシンガンが握られている。


「へ?」

「おまっ……」


 何か言いかけたが、言い終わることもなく、イガラーとどーまんは倒れた。リリィによる追撃だ。まったく容赦がない。


「リリィ、お前……」


 その蛮行を咎めようとしたときには、ぺけ丸と伝説の配管工の頭もはじけ飛んでしまった。瞬く間の惨劇である。


 だが、文字通りに引き金を引いた当人はきょとんとしていた。


「ダーリン、どうかしたのです?」

「どうかしたのかって……流石に今のはないんじゃないか?」


 ミーティング直後だ。伝説の配管工たちは、ヘルメットを外した状態で、戦闘準備は整っていなかった。ある意味では効果的な不意打ちである。


 とはいえ、プレイヤー相手にやるには少し卑怯すぎるよな。マナー違反というか。下手な相手にやると、しこりを残すことになる。


 しかし、リリィにはその辺りの機微がピンとこないらしい。


「でも、戦いを再開するって言ってたのですよ?」

「まあ、そうだな。でも、ああいうときは、お互いの準備が整うまで待とうな」

「うーん、そういうものなのです?」

「そういうものだ」


 ともあれ、過ぎてしまったことは仕方がない。ヤツらに関しては気にしなくてもいいだろう。別になれ合うような関係じゃないし……よく考えれば、向こうも俺一人を執拗に狙っているって点ではなかなか悪質だ。それをことごとく返り討ちにしている俺が言うことではないかもしれないが。いや、今回はリリィがやったんだし、俺は関係ない。


「そういえば、その武器はどうしたんだ?」

「これなのです? 警察NPCを脅かしたら、くれたのです」

「……は?」


 そういえば、いつの間にか取り巻きのNPCたちが消えている。


「脅かしたって……何をしたんだ?」

「ダーリンの恐ろしさを聞かせてやったのです。そしたら、逃げていったのですよ」


 待て。何を話したら、そうなるんだ。


 だが、冷静になって考えれば、納得せざるを得ない。銃弾を弾き、グレネードを消失させ、ヘリをフライパンで墜とし、火炎を浴びてもノーダメージ。軽く超人である。さっきの様子では完全に心が折れていたようだし、そこに追い打ちをかければ、逃げ出すヤツもいるかもしれんな。一人が逃げれば、それに続く者が出てもおかしくはない、か。


「ヤバい。また、俺の悪名が……」

「あ。リリィも称号もらったのです! 魔王の配下になったのです!」


 リリィはニコニコ笑っているが、俺は全く笑えない。その魔王って、絶対に俺のことだろ。

 これで俺の悪名もまた広がるんだろうなぁ。まだランクアップしていないが時間の問題かもしれん……。


 とまあ、落ち込んだのも一瞬だ。何故なら、すぐにそれどころではなくなった。死に戻りした伝説の配管工たちがすぐに戻ってきたのだ。しかも、もはや形振り構わずといった感じである。


『ケケ、轢き殺してやるぜ!』

「うわぁ!? なのです!」

『君たちだけは逃がさない! 我々の沽券に関わるからな!』

「大人げなさすぎだろ!」


 現在は数台のパトカーに追われながら、どうにかこうにか逃げている状態。空にはヘリも飛んでいる。味方を巻き込む恐れがあるので銃撃はしてこないが、何かあればすぐにフォローできる布陣だ。


 どこかに身を隠したいが、地の利は完全に敵方にある。それに、動きを止めれば包囲されるのが目に見えていた。ひぃひぃ言いながらも逃げ回るしかないのだ。


 だが、どれほど頑張ろうとも、限界はある。俺たちは、ついに刑務所の壁際に追い詰められてしまった。その壁は高く厚い。時間をかけるならばともかく、このように包囲された状況で飛び越えるのはどう考えても無理だ。


『これでチェックメイトだな』

『散々手こずらせやがって!』

『まあ、久々に暴れ回って楽しかったけどね』


 警官プレイヤーたちは、とどめを刺すでもなく余裕げに会話を続けている。勝ちを確信しているのだろう。


『……で、誰が行くんだ?』

『ぼ、僕は遠慮しとこうかなぁ……』

『こういうのは配管工が……』

『おい、待て!』


 ……なんか、余裕というより面倒ごとを押しつけ合ってるような気もするな。まあ、それでもヤツらが覚悟を決めて仕掛けてくれば、俺たちは為す術なく倒れることになるはずだ。


 あくまでこれはゲームのイベント。死んだところで大きなペナルティはないわけだし、ここで倒れても全く問題はない……のだが。


「ここまで滅茶苦茶やられると、流石に腹が立つな!」


 俺はまっとうにゲームをやっていただけのはずだ。そりゃ、多少は逸脱した部分があったかもしれないが、一人のプレイヤーの影響など些細なものである。それなのに、複数のプレイヤーで追い回すような真似が許されていいのだろうか?


「良いわけないよなぁ?」

「ダーリン?」

「リリィ、あれを使うぞ!」

「おお、ダーリンの必殺技なのです!」


 リリィの歓声を受けながら、フライパンをインベントリに収納する。必要なものは腕一本。俺は右手を掲げ、壁に向けて斜め45度の角度で振り下ろした。

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