56. 瀕死のフラグ理論
「たまや~、なのです!」
リリィが空を見上げて、呑気な声をあげた。どう考えても、タイミングが合っていない。それは花火が打ち上がるときにいうヤツだぞ。今は打ち上がるどころか、撃ち墜とされたところだ。花火じゃなくて、ヘリコプターがな。
「お前、早速やったな……」
「ショウさん……」
ほーいちとオールリが、呆れたような目で俺を見てくる。だが、待て。俺は忘れていないぞ。
「お前たちがフラグを立てるから悪い」
「いや、そんなんでヘリが墜ちてたまるか!」
「あはは……」
残念ながら、俺の主張は受け入れられなかった。ほーいちにはキレ気味で返され、苦笑いを浮かべるオールリからも賛同を得られない。
まったく、フラグ理論を信じないとは。フラグを軽んずる者はいつかきっとフラグに泣くことになるぞ! 知らんけど。
さて、どうしてこうなったのかというと、俺にもさっぱり理解はできない。苦し紛れの反撃をしたら、何故かヘリが墜ちた。それが全てだ。
俺たちは捕らえられていた囚人区画から抜け出した。出口付近で待ち受けていた看守たちをフライパン無双で蹴散らしたところで、現れたのがあのヘリコプターだ。プロペラが回転するときに発生するパタパタという音はかなり
機銃を備えた戦闘ヘリは強力だ。ろくな武器を持たない俺たちには対抗手段がない。周囲ではNPCギャングがバタバタと倒れていく。上空からばら撒かれる銃弾は、さすがにフライパンでは
囚人の多くはプレイヤーも含めて散り散りになって逃げた。俺もそうしようと思ったが、どうもヘリの操縦士は俺に狙いを定めていたらしい。執拗に追われて、逃げられない。破れかぶれになった俺は――――ついつい手にしたフライパンを投げた。投げてしまった。
ろくに狙いもつけていない雑な投擲だったが、フライパンは持ち手部分をくるくると回転させながら、ヘリ目がけて飛んでいった。遠目なのでよくわからなかったが、おそらくはそれがプロペラ部分に上手いことぶつかったのだろう。ヘリは制御が不安定になり、近くの建物にぶつかって墜ちた。
うむ。改めて思い返しても意味がわからない。もっと意味がわからないのは、投擲したフライパンが手元に戻ってきたことだ。伝説の武器か何かかな?
「不思議なのは、これでチートやバグの判定にならないことですよね。サイバノイドの検出システムをすり抜けるって、どういう原理でしょう?」
「まったくわからん。流石は混沌の申し子だな」
オールリの疑問はともかく、ほーいちはやめろ! 変な異名をつけるなよ。また、称号になったらどうするんだ……。
「ダーリンなので仕方ないのです! リリィにもさっぱりなのですよ!」
朗らかな表情でリリィが表明する。それでいいのか、サイバノイドよ。だが、ほーいちもオールリも、それなら仕方がないという風に考えるのを諦めたみたいだ。
いや、仕方なくねえよ。どうにかしてくれよ……。
まあ、落ち込んでいても仕方がない。改めて、脱獄を目指すことにしようと思うのだが……、妙に警官プレイヤーとの遭遇率が高いんだよな。
「もしかして、俺って、目の敵にされているのか……?」
「そりゃそうだろ。あれだけ目立ってるんだから」
「まあ、囮役としては最適ですよ」
どうやら、俺の気づきは周知の事実だったらしい。あっさりと肯定され、流された。
そして、また新手が現れる。
「今度は本気みたいだな……」
ほーいちの指摘通り、なかなかの布陣だ。NPCも含めると数十人規模の集団が俺たちを待ち受けていた。対するこちらは、散り散りになって四人しかいない。
「こいつらは引き受けた。ここは俺に任せて、先に行け」
一歩前に出て宣言する。
格好つけているわけじゃない。全滅するよりはマシだろうという合理的な判断だ。まともに戦えば勝ち目はない。俺だって全方向から撃たれれば、フライパンではカバーできないしな。たぶん。
いわば、献身的な犠牲である。それに対する反応はと言うと……
「おい、大丈夫なのか? やりすぎるなよ?」
「暴れすぎて、相手の心を折らないでくださいね。それで引退なんてことになると後味が悪いですから……」
いや、おかしくないか?
オールリに至っては敵の心配をしてるんだが!?
お前ら、フラグ理論を軽んじすぎだ。これ以上ないほどの死亡フラグを立てたのに、その反応はないだろ。
「リリィはお供するのです!」
こちらは平常通りだ。まあ、何か起きたときのために、リリィが居てくれるのは助かる。ほーいちたちの、それなら大丈夫か、という表情は気に食わないが。
「待たせたな」
警官たちへと向き直る。ヤツらは二手に分かれた俺たちを見ても、気にする様子がない。どうやら、狙いは最初から俺のようだ。
集団の前に立つのは、不思議な格好をした五人。フルフェイスのヘルメットらしきものを被り、妙な筒を背中に背負っている。両手に銃はなく、その筒から伸びた管を構えていた。
よくよく名前を見てみれば、ソイツらは俺の知っているプレイヤーだ。ぺけ丸とまろにぃの他に、伝説の配管工、どーまん、イガラーまでいる。俺と再戦するためにわざわざ集まったらしい。
「銃弾は弾かれ、グレネードは消された。だが、これならどうだ!」
伝説の配管工の声はヘルメットでくぐもっていたものの、はっきりと響いた。それに合わせて、他の四人も管を構える。その先端から吹き出したのは真っ赤な炎だ。
って、火炎放射器かよ!?
なんてもの持ち出して来やがったんだ。流石に警察が持ち出していい武器じゃない。というか、武器じゃなくて兵器だろ。しかも、国際法で使用が制限されているような。こんなことが許されていいのか!
なんてことを悠長に考えている余裕は……本来ならばないはずだ。炎で焼かれれば、仮に死を逃れたとしても重傷を負うのは避けられない。にもかかわらず、非人道兵器の使用に関して脳内で抗議活動を展開しているのは――――ぶっちゃけて言うと、ただの現実逃避だった。
炎に巻かれて、視界は赤色に染まっている。つまりは、全力で
まさか、これはフライパンの魔王のせいなのか。そういえば、称号がランクアップしたときに、システムメッセージが何か言っていたな。特性が強化されて、やけど耐性を得たとか何とか。どう考えても耐性ってレベルじゃないが。
これはマズいな……。
俺は無事だが、フラグ理論が息をしていない。
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