54. 黒歴史を知る者

「あー……つまり、なんだ? 特異体質のせいで、意図せずゲームがおかしな挙動をするってことか?」


 ほーいちが困惑の表情で確認してくる。まあ、にわかには信じられないのだろう。ありえないと即座に否定されないだけでも温情かもしれない。


 看守たちを追い返した直後の監獄区画はざわざわ騒がしい。勝利の余韻に浸る間もなく、次の準備を進めている。武器の確保、看守側の偵察、負傷者の手当、あることはいくらでもあるのだ。


 そんな中、俺は部屋の隅に集まって、先刻のやらかしに関して説明させられていた。同席しているのはリリィとほーいちとオールリである。


「信じられないだろうが、そういうことだ」

「まあ、実際に目の前で見たからな……いや、それでも信じられないって気持ちはあるが……」


 深く息を吐くほーいち。信じようにも信じ切れない。そんな戸惑いを感じる。


 どうやら悩ませてしまっているみたいだ。悩む必要なんてないのにな。こんな怪しい話、信じる必要はないのだ。


「別に信じなくても構わない。というか、信じないでくれ。俺だって、信じたくないんだ。俺はまだゲームのバグがたまたま発生したんだと信じている!」

「たまたまってお前……。俺は古参だが、敵の投げたグレネードを仕舞えたり、鉄格子を外せたりするバグなんて初めて見たぞ」


 馬鹿を言うなとほーいちが呆れた目で俺を見てくる。だけどな、諦めたらそこで終わりなんだよ。どんなに細い糸だろうが、途切れない限り俺はしがみ付くぞ、全力でな!


「たとえ確率がゼロに近かったとしても、ゼロじゃない限り、可能性は否定できないだろ!」

「いや、そうかもしれんが……」


 俺の気迫に押されたのか、ほーいちの語調は弱い。このまま有耶無耶にできるかと思ったが、思わぬ方向から攻撃を受けた。リリィのヤツだ。


「流石に無理があるのです! ダーリンの場合、ゲームだけじゃなくて、現実でもおかしなことが起こるのですよ? この前、クッキングマシーンでプリンを作ったら、茶碗蒸しだったこと、リリィは忘れないのです!」

「いや、それでもお前、残さず食べてただろ……」

「気分は完全にプリンだったのです!」

「そのあと、コンビニで買ってきてやったろうが」


 食べ物の恨みっていうのは恐ろしいな。というか、文句はクッキングマシーンに言って欲しいものだ。見た目はプリンのまま、茶碗蒸しにするなんて、かなりの悪意を感じる。まるで中に人でもいるみたいだ。人格機能は搭載されていないはずなんだがなぁ。


「お、お前ら――」


 低く唸るような声に視線を向けると、ほーいちが背中を丸めてぷるぷると震えていた。直後、溜め込んだエネルギーを放出し噴火するかのように真っ赤な顔で怒鳴り声を上げる。


「イチャイチャするなよ、ちくしょー! 何だよ、そのエピソード! 同棲か! 同棲してるのか!?」


 ヤバい。ほーいちのスイッチが入った!


 何とか誤魔化さねば……と考えているうちにリリィが答えた。


「そうなのです。一緒に住んでるのです」


 おい、リリィ!?


 いや、まあ、事実ではある。だが、説明するなら、もっとちゃんとしろ。これでは火に油を注ぐようなものだ。


「待て。一緒に住んでるとは言っても、ほーいちが想像するような関係じゃない」

「ほほぅ? じゃあ、どういう関係なんだ? 言ってみろ?」


 ふがふがと鼻息の荒いほーいちに詰め寄られて考える。どういう関係って……説明が難しいな。俺はリリィの身元引受人で、いわば保護者のような存在だ。娘……だと少し年齢があわないか。


「妹だ! リリィは妹!」


 俺の必死の訴えが届いたのか、ほーいちはさっきまでの興奮が嘘のように、スンと落ち着いた。あまりの落差に俺の方が戸惑ってしまう。


 ……というか、何かちょっと引いてないか? いや、気のせいじゃないな。ドン引きされてる。


 なんなんだと首を傾げる俺に、ほーいちがぼそりと呟いた。


「コイツ……妹に、ダーリンって言わせてるのか?」


 いや、待て! その誤解は酷すぎる!


「ち、違う! 言わせてないし、妹というのも、それに類する立場ってだけで――」

「妹じゃない? じゃあ、やっぱり同棲かよ! くそぉ!」

「ああ、もう! わかった! もっと詳しく説明する!」


 他のプレイヤー、NPCが忙しく動き回ってる中、何をやってるんだと言われそうだが、リーダー的存在のほーいちが機能不全に陥ってしまっては困る。仕方なく、俺はリリィがうちに来た経緯を説明することにした。とはいえ、デスゲームのことなんかまで詳細に話すと時間がいくらあっても足りない。とあるゲームで縁があり、移住希望のサイバノイドの身元引受人になったという程度に端折った。


 話を聞き終えたほーいちは、難しそうな顔で唸る。


「まさか、そんな手があったとは。それなら俺にも同棲のチャンスが……」


 真剣な表情で何を考えているのかと思えば……どれだけ同棲したいんだ、お前は。


 考え込むほーいちに代わり、今度はオールリが口を挟む。


「ということは、リリィちゃんってサイバノイドなの?」

「そうなのです」

「ええと、気分を悪くしないで欲しいんだけど……ショウさんの周りで起こる不思議なことって、リリィちゃんが何かしてるわけじゃないんだよね?」


 窺うようなオールリに俺とリリィは苦笑いを浮かべる。まあ、普通はそう考えるよな。俺自身、そうであって欲しいと何度願ったことか。


 だが、事実は逆なんだよな。


「リリィは何もしてないのです。むしろ、やらからしたダーリンをフォローする側なのです!」

「残念ながら、リリィと出会う前から、いろいろあるからな……」


 例として、俺が初めてやったVRゲームの話をすると、ゲーム名を上げていないのに、オールリはピンと来たようだ。


「それって、アルサーの!? 伝説になったあのサーバー、元凶はショウさんだったんですか!」


 いや、待って、何。伝説とか知らないんだけど。他のサーバーと全然別のストーリーになって、話題になったのは確かだが。


 否定も肯定もできずに黙っていると、オールリは勝手に納得してしまった。説明に時間がかからないのは助かるが、その理由がかつての黒歴史のせいだとは。十年以上も前の話なのに、まだ語り継がれているなんてなぁ……。

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