53. 何でも仕舞っちゃう

 凍りついたかのように、誰もが固まってしまっている。そんな中、いちはやく立ち直ったのはまろにぃだった。焦ったようなヤツの声が響く。


「こうなりゃ、アレだ! グレネード持ってこい!」


 グレネードといえば、手榴弾だったか。爆発と同時に金属片とかをまき散らすので非常に殺傷能力が高い武器だったはず。詳しく知ってるわけじゃないが、俺のイメージだと、投げたら数秒後に爆発するって感じだ。


「殺意高過ぎだろ……! おい、投げさせるな! 特攻だ!」


 ほーいちが指示を出す。その指示が的確かどうか俺には判断できないが、理にはかなっている気はする。俺たちは看守たちに向けて特攻を仕掛けている途中だ。密集しているので、グレネードはマズい。かといって散開するようなスペースはないので、殺られる前に殺れがシンプルで効率的な対抗手段と言えるだろう。


 我に返ったギャングたちが、突撃を再開する。だが、先に立ち直った分、看守側の行動の方が早かった。放物線を描きながら、いくつかの手榴弾がこちら側へと投げ込まれる。その数は三つ。そのどれもが的確に俺を狙っている。流石に酷すぎないか!?


 俺の眼前に迫る手榴弾。不思議な話だが、VRでもこういうときは動きがスローモーションになって見える。


 フライパンで打ち返すことも考えたが、それは却下した。向かってくるのは爆発物である。叩いた瞬間に爆発したら目も当てられない。


 では、どうするか。俺が試みたのはキャッチだ。衝撃が加わった時点で爆発するタイプならば、うまくやれば投げ返せるかもしれないという企みである。


 だが、それはあまりにも無謀な試みだったらしい。ひとつならともかく、ほぼ間をあけずに投げ込まれた三つの手榴弾を、衝撃を与えないように優しくキャッチすることなんて不可能だ。三方に注意が分散された結果、俺はひとつも受け止めることができなかった。


 手榴弾が落ちる。俺の体と足元に。爆発は――――起きなかった。


「……は?」


 思わず漏れた呟きが、やけに大きく響く。抗争の最中だというのに、再び、静寂が訪れていた。


 何故、爆発が起きなかったのか。周囲を見回してみると、そもそも手榴弾がどこにも見当たらない。どういうわけか、煙のように消えてしまったようだ。


 俺は咄嗟にリリィを見た。サイバノイドの力で、何らかの干渉を行ったのではと思ったのだ。


 しかし、リリィはぶんぶん首を振った。関与はしていないと言いたいらしい。


 では、何故……と思っていると、リリィが何かに気づいたような表情を見せた。そして、気まずげに告げる。


「あの……ダーリン。インベントリを見てみるといいのです」


 そんなことを言われた時点で嫌な予感しかしない。予感というか、確信である。


 見たくはない。だが、一応状況は確認しておきたいという気持ちもある。相反する気持ちを抱えながら、メニューを開いた。所持品を確認すると……そこには取得した覚えのないアイテムが三つ。どう見ても、さっき飛んできたグレネードである。


 さて。


 これは……困ったな。


 ふぅと息を吐いて、頭を冷やす。この現象についてよく考えてみよう。


 GTBでは所持品をインベントリに格納することができる。条件は手に触れられるくらいの位置で収納したいと念じることだ。アイテム扱いになっているオブジェクトは多く、その気になれば、道端に落ちている石ころですら収納することができる。


 さっきの場合、俺は手榴弾をキャッチしようとしていた。別に収納しようと考えていたわけではないが、ある意味では獲得の意思があったと言えなくはないのではないか。つまり……インベントリに収納される条件を満たしている。だから、そう、これは仕様なのである!


 なぁんだ、仕様通りか。それなら問題ないな。さあ、何事もなかったかの如く、ゲームを再開しようじゃないか。いや、“如く”じゃないな。何事もなかったのだ。仕様通りなのだから。


「ダーリン、流石にそれは無理があるのです」

「いや、何も言ってないだろ」

「こういうとき、ダーリンが何を考えてるのかは、だいたいわかるのです」


 完璧な理論武装……のはずが、何か言い出す前から、リリィに論破されてしまった。議論にすらならない。何故なら、俺自身も無理があるとわかっていたから。


 いや、だってなぁ。敵の攻撃を収納できちゃ駄目だろ。ゲームにならない。今まで、必死に銃弾を弾いてたのは何だったんだって話にもなるしな。無防備に突っ立っていても、収納の意思さえあれば、敵の銃弾を全て回収できてしまうんだから。実質無敵モードである。ゲームが壊れてしまう。すでに壊れているツッコミはなしの方向で。


「こりゃ、戦いどころじゃないね。一旦、退こう」


 さて、どうしたものかと悩んでいると、看守側から声が上がった。声からしてぺけ丸だ。不可解なことが多すぎて、向こうの士気が下がっているようだ。一旦、退いて立て直すつもりらしい。


 つまり、ここでの戦いは囚人側の勝利である。だというのに、喜びの声は一切ない。戸惑いが大きすぎるせいだ。気まずい雰囲気を、どうにかしてくれたのは、頼れる男ほーいちである。


「……あー。まあ、よくわからんが、俺たちの勝利だ!」

「お、おー!」

「勝ったぞー!」


 ヤツの声掛けで、一応は、その場には勝利ムードが流れた。このまま俺のことは有耶無耶になればいいんだが……まぁ、無理かな。


 当のほーいちが、話を聞かせろと睨んでいる。

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