52. やはり悪名だった

「よくわからんが、動揺してるみたいだな。チャンスだぞ!」


 看守側が浮き足立っているのを見逃さず、ほーいちが鋭い声で呼びかけた。銃を持つ囚人プレイヤーは即座に応え、反応の鈍い看守たちに鉛玉をお見舞いする。不意を打たれた何人かはそれで地に伏した。いずれもNPCだな。プレイヤーの反応は迅速だった。撃たれたと気づいた瞬間に遮蔽物の裏に身を隠したようだ。


 当然ながらも看守側も反撃をする。全員が銃を持っているので、火力が桁違いだ。しかも、撃つことに迷いがない。弾薬に不足はないってことだろうな。対して、こちらは無駄玉厳禁。補給ができないので、使い切ってしまえば終わりだ。銃を撃つにも慎重にならざるをえない。それがまた火力不足に追い打ちをかける。気がつけば、遮蔽物から顔も出せないような状況に追い込まれてしまった。


「このままじゃ、ちぃとばかり厳しいか。特攻隊が必要だな」


 ほーいちが厳しい顔で呟く。確かに、このままではジリ貧だ。


「俺たちの出番か」

「リリィもやるのです!」


 特攻となると、俺たちの出番だろう。銃がないので、今の状況じゃやれることがないからな。せっかくの脱獄イベントで、物陰に隠れているだけじゃもったいない。


 はやる俺たちに、ほーいちが苦笑いを浮かべる。


「確かにそうだが、ちょっと待て。このための弾よけがあるんだ」

「弾よけ、です?」


 何のこととリリィが首を傾げる。が、俺にもよくわからない。そのとき、後方からドドドと集団が駆ける音が聞こえてきた。


「おお、タイミング良く来たな。アレが弾よけだ。紛れて、看守側にアタックをかける」


 ほーいちの言う弾よけとやらは、後方から駆けてくる集団のことらしい。先頭にいるのはオールリだが、その他はNPCだ。つまり、彼らを肉盾にして突っ込むってことだろうな。なかなか悪辣でギャングらしい手段じゃないか。


 懸念はNPCたちの士気だ。普通に考えれば弾よけにされるような状況では士気が保てない。下手をすれば、離反されて挟み撃ちだ。


 駆け寄ってくる連中の様子を窺っていると――――


「ははは! 頭、花畑にするくらいなら、喜んで死んでやるぜ!」

「俺たちゃギャングだ! これぞギャングの生き様ぁ! ははっ!」


 なかなか意気軒昂……というか狂気じみたやる気を感じる。なるほど、これなら離反を心配する必要はなさそうだ。どうやって煽動したのか謎だが。


 ともあれ、NPCギャングは飛んでくる弾丸をものともせずに、看守側に特攻していく。俺たちプレイヤーも紛れるように、それに続いた。


「あっ、動いた!」

「何!? 魔王が来るぞ! 雑魚に構うな! アイツを倒せ!」


 飛び交う銃声の中でも、その声ははっきり聞こえる。最初のがぺけ丸で、次がまろにぃだな。ヤツら、俺のことを監視していたらしい。


 とはいえ、この集団の中、俺だけ狙うなんて、下策だろう。他のプレイヤーが従うわけがない。と思ったのは油断だったのだろうか。


「あがが……」

「ちっ……ここまで……か」


 俺の周囲のNPCがバタバタと倒れはじめた。どうも上方から俺を狙っているヤツがいるらしい。あれは、ライフルか。左右に一人ずついるな。


「ダーリン!」

「大丈夫だ、隠れてろ」


 心配そうなリリィにそう答える。まあ、攻撃ポイントさえわかっていれば、さほど脅威ではない。フライパンを使えば、な。


 正直、これに頼るのはどうかとも思う。だが、このままでは脱獄イベントはすぐにでも終わってしまいそうだ。突発的に始まったせいで、囚人側が不利すぎる。バランスを取るためにも、少しくらい使っても問題ない……はずだ。


 心の中で言い訳しつつ、フライパンを構える。撃たれたと気づいた瞬間……いや、おそらくはその前にはもう体が動いていた。射線を遮るように俺と狙撃手の間にフライパンが挟み込まれる。


 弾いた。だが、終わりではない。


 本能的な反射行動か。それとも、魔王のフライパンの効果か。まるで操られるかのように、俺の体は動いていた。時間差の二射目。それをも完璧に防ぐ。


 少し遅れて、どさりと何かが倒れる音が二度。見れば、攻撃ポイントの二人がどちらも倒れていた。


 理由は跳弾……なのだろうが、流石に酷くないか?


 ここから狙撃手まではそれなりに距離がある。どんな軌道で跳ねたかは知らないが、運動エネルギーってのは減衰するもんじゃないのか。それなのに、跳弾で一撃死って、どんな威力だ。


 称号か?

 フライパンの魔王のせいでこうなったのか?


 なんかヤバい称号を得てしまった気がする。だが、これは一応、仕様通りの機能。なのでセーフのはずだ。得た切っ掛けの方に問題がある気もするが……とにかく俺は悪くない!


 気がつけば、周囲が静まりかえっている。看守側だけでなく、囚人たちまでが俺を見ていた。プレイヤーだけじゃなく、NPCまでも。


 いや、脱獄中だから! みんなもっと集中しろよ!


<称号『フライパンの魔王』の悪名ランクが上がりました>

<特性が強化されます…………完了>

<やけどに対する耐性が上昇します>


 待てぃ! なんかランクアップしちゃったじゃないか!


 というか、やっぱり悪名なのな、フライパンの魔王……。

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