51. 口止めできない

 ともかく、囚人解放については頑なに断って、別の仕事を割り振って貰った。と言っても、事件発覚を遅らせるために、派手に動くのはこの区画の囚人がある程度解放されてからにするらしい。それまでは、交戦は最小限に留める方針だ。


「だが、プレイヤーは脱獄計画を知ってるんだろ?」

「問題ない。取り決めで、警報から20分が経過するか、NPCから協力要請があるまで動かないことになっている」

「なるほど。それまではNPCだけに気をつければいいわけか」

「ま、そうだな」


 ほーいちが頷く。


 20分の待機時間は特別長いわけでもない。何しろ、囚人側は牢獄スタートなので、まず自由を取り戻す必要がある。丸腰では戦えないので、武器の調達も必要だ。


「一応、銃も少しは確保してあるが、数は足らんな」


 それはオールリのあとにやってきたプレイヤーが置いていったものだ。おそらく、武器調達役なのだろう。解放された囚人たちに配って回っているようだ。


 とはいえ、刑務所内で銃を調達するのは簡単なことじゃない。残念ながら、祭り参加者全員に行き渡るほどにはなかった。


「まあ、その辺のもので代用してくれ。上手くいけば、看守から奪える」


 ほーいちが指し示したのは、その他の武器の山。武器といってもピンキリで、ナイフもあれば、ただの鉄パイプもある。


「それならダーリンはこれなのです!」


 そう言ってリリィが手渡してきたのはフライパンだ。


「お前な……」

「どうせ、他のも似たり寄ったりなのです! だったら、使い慣れたものを選んだ方が良いのです!」

「いや……まあ、そうか」


 フライパンを武器として使い慣れている状況ってどうなんだとツッコミたい気持ちはあるが……実際にそうなので反論できない。リリィの言うとおり、残った武器はほぼ鈍器として使用するものばかりなので、フライパンと大差ないのも事実だ。リリィ自身が選んだもの木製バットだった。


「はは、なかなか様になってるじゃないか」


 ニタニタと笑うほーいち。からかっているのは丸わかりなんだが、素直に褒められたと受け取ったリリィが胸を張る。


「当然なのです! ダーリンは、フライパンの魔王なのですよ!」


 って、自分のことじゃなくて、そっちかよ!


「お前な!」

「え? 言っちゃダメだったのです?」


 あまりにダサい異名だ。できれば流布して欲しくないのだが、リリィはきょとんとしている。どうやら、その辺りの感覚にかなり隔たりがあるらしい。これは、あとで言い含めておかないとな……。


 馬鹿にされるかと思って、ほーいちの様子を窺うと、そっちもそっちでおかしなことになっていた。


「ダーリン? フライパンの魔王? さてはお前ら恋人同士か! GTBで監獄デートとはいい気なもんだな! 私の彼氏は料理も得意なのってか! かぁぁ!」


 荒れている。とんでもない誤解をした上で荒れている。百歩譲って呼び名で恋人と誤解されるのはともかく、監獄デートって何だ。フライパンの魔王って異名から料理上手を連想するのも謎だ。普通はマイナスイメージじゃないか?


 どういう思考回路なんだと思ったが……まあ、今更か。常人では考えられない入れ墨センスをしているヤツだからな。


 とはいえ、脱獄計画のリーダー的存在がこれでは頭が痛い。周囲を見回しても他のプレイヤーは何事もないかの如くスルーだ。これは……慣れた反応だな。いつものことなのだろう。それでもリーダーを任せられるのだから、おそらくは有能なのだ。


 実際、切り替えは早かった。


「ほーいちさん、大変です!」

「どうした?」


 そう聞き返したほーいちに、さっきまでの醜態は欠片も残っていない。仕事ができるのは良いことだが、ギャップが酷いな。


「見回りの看守を仕留め損ないました!」

「そうか、マズいな。だが、状況はわかった」

「すみません、決して逃がすなと言われていたのに……!」

「気にするな。計画ってのは大抵予定通りにはいかないもんだ。それをいかにフォローするかが腕の見せ所だぜ?」


 不敵に笑うほーいち。そのキャラをやるなら、格好をどうにかして欲しい。ひじあたりにアップリケみたいにチューリップの入れ墨を入れてるヤツの台詞じゃないんだよなぁ。


 だが、そんなことを思っているのは俺だけらしい。他のメンバーは興奮した様子で、ほーいちを見ている。カリスマ……なんだろうか。


「準備が出来たヤツは全員出るぞ! お客さんを歓迎してやろうぜ」

「「「おー!」」」


 看守が逃げのびたってことは、今頃は脱獄の情報が共有されているはず。おそらくは、プレイヤーも出てくるだろう。20分にはまだ早い。こちらの準備は不十分だ。


 とはいえ、計画が露見したならば、迎え撃つしかない。もたもたしていれば、各個撃破されるのがオチだ。


「ほーいちさん!」

「おお、ほーいちさんが来たぞ!」


 すでにドンパチは始まっていた。警官の数もそれほどじゃないので、まだ小競り合いってところだ。だが、これから続々と増援が来るだろう。それまでにどれだけ数を減らせるかが勝負を決めるはずだ。


「来たか、ほーいち。遅かったじゃないか」


 その声は敵側からかけられた。イベント企画者だけあって、ほーいちはかなり名を知られているらしい。だが、なんか聞き覚えがある声だな。と思ったら、ソイツは知っているプレイヤーだった。まろにぃ――俺にダサい異名をつけた張本人である。


 嫌な予感がして、身を隠そうとしたが遅かった。ヤツの視線が俺……というか、俺の持っているフライパンに向く。


「で、出た! フライパンの魔王だ! フライパンの魔王が出たぞ!」


 まろにぃが叫ぶと、看守側にどよめきが上がる。半分は戸惑いだが、残り半分はどうやら知っている反応だ。後者はほとんどプレイヤーだな。


 アイツ、あのダサい異名を言いふらしたのか!?

 くそ……リリィだけ口止めしても意味がないじゃないか!

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