50. 細工もないのに外れるわけがない

 脱走計画はいわばプレイヤーによる自主企画イベント。せっかくの機会なので、参加したいという気持ちはある。とはいえ、問題となるのは開始時間だ。GTBはあくまでゲーム。仕事もあるので、無限にログインできるわけじゃない。特に俺の場合、少し人と生活サイクルが異なるので、果たして参加できるかどうか。


 その辺りを質問しようとしたところだった。


――ジリリリリッ!


 けたたましい音が牢屋内に響く。発生源はこの区画の外のようだが、聞き逃すことなどあり得ないほどの大音量だ。まあ、間違いなく警報の類いだろう。


「何なのです?」

「火災報知器だな。このタイミングってことは誰かが先走りやがったか?」


 リリィの問いに、しかめっ面のほーいちが答える。


「先走るってことは、もしかして?」

「ああ。計画開始の号砲代わりだ。本当の火災が偶然重なった可能性もあるが、NPCギャングも関わっているから、今更止められんな」


 どうやら付け火でもして、看守の目をそちらに向けて行動を起こす予定だったらしい。NPCまで巻き込んだ大規模な計画なので、予定外のことが起きたからといって、簡単に軌道修正することもできないようだ。


「じゃあ、もうやるしかないんだな。だが、どうやって、ここから出るんだ」


 言いながら、俺は鉄格子に手を伸ばした。格子を構成する鉄の棒は無駄に太くて、当然ながら人の手でどうにかできるものではない。が、なんとなく上に押し上げてみると、格子の下部がすぽっと抜けた。


 おお、なるほど。すでに仕込みは終えてあるわけだ。


 少し斜めにして、引き抜くように下ろすと、鉄の棒を完全に外すことができた。隣の棒も同様だ。二本も抜けば、何とか人が出入りできるくらいの隙間になる。


「……は?」


 間の抜けた声が聞こえて振り返ると、ほーいちがあんぐりと口を開けて、俺と鉄格子を見比べていた。他のプレイヤーも似たり寄ったりの表情だ。リリィだけがあちゃーと顔をしかめている。


 おっとぉ、これはどういうわけだ?


 いや、なんとなく想像はついているんだが、できれば知りたくない。知りたくないんだが……この空気、どうすればいいんだ!


 そんなとき、誰かが走ってくる足音が聞こえてきた。看守かと身構えたが、格好からすると、囚人らしい。頭上の名前はオールリ。プレイヤーだ。


「ほーいちさん! 鍵持ってきま……した……けど?」


 大声で喋り出したオールリだったが、その勢いはすぐにしぼんでいった。彼の視線は、鉄格子にあいた隙間に釘付けだ。


 こういうときは……勢いで誤魔化すに限る!


「何をしているんだ! 鍵を開けにきたんだろ? 仕事を果たせ!」

「え……? でも……」


 オールリは物言いたげな表情で、鉄格子の隙間を眺めている。


 そうだよなぁ、この状態で鍵を開ける意味がわからないよなぁ。だったら、元に戻しておくとしよう。


「な、何をしてるんです……?」

「気にするな! 鉄格子が外れるわけがないんだからな! さあ、鍵を開けるんだ!」

「えぇ……?」 


 方々から突き刺さる視線を無視して鉄格子をはめ直す。こちらに取り合う気がないと悟ったのか、オールリもがちゃがちゃと鍵をいじりはじめた。ちょうど格子戸が開いたタイミングで、こちらの修復作業も完了だ。


「よし!」

「いや、よしじゃないが……」


 我ながら完璧な隠蔽。自画自賛していたところに、水を差すのはほーいちだ。頭痛でもするのか頭を抑えている。


「どうした? ところで、今は脱獄計画の途中だよな。無駄話をしている暇はないと思うんだが、どう思う?」

「どう思う、じゃねえよ。チートツール……じゃねえよなぁ。サイバノイドの目を誤魔化せるようなツール、聞いたことねぇし……」


 ブツブツ呟くほーいち。俺のやらかしをチートだと疑っているようだな。ぶっちゃけ否定はできないが、ツールではないのは確かだ。そもそも、サイバノイドが運営に携わる昨今のVRゲームでは、チートツールは使えないっていうのが共通認識らしい。俺がどうにかゲームをやれてるのも、そのおかげだな。


 ありがとう、見も知らぬサイバノイド!

 あと、いろいろフォローしてくれるリリィにも感謝している。あとで、コンビニプリンを買ってやろう。アンドロイドボディのくせに、よく食べるんだよなぁ。


「まあ、いいか。気にはなるが、問いただしている暇はないな! せっかくの祭りなんだから、楽しまないと」


 切り替えが早い性格なのか、ほーいちはひとまず脱獄計画祭りを優先することにしたらしい。リーダー的なポジションらしく、ほーいちがそう決めると、他のメンバーも動き出した。なかなかの統率力だ。


 さて、問題は俺とリリィだ。他のヤツらは事前に計画を知らされているのだろうが、俺たちはここに来たばかり。勝手に動いて計画を乱すわけにもいかないので、指示を仰ぐしかない。


「俺たちはどうすればいい?」

「まずは、この区画の解放だな。プレイヤーはもちろん、NPCも全員だ。といっても、鍵束はひとつしかないから……あ、いや」


 何か思いついたようなほーいちの顔。ヤツが何か言い出す前に、口を出す。


「それについて俺に出来ることは何もないな!」

「いや、何もないって、お前……」

「何もない!」

「そ、そうだな」


 何もないでごり押ししたら、ほーいちは引きつった顔で引き下がった。聞き分けがよくて助かる。


 まったく。何の仕込みもなく鉄格子を外せるわけがないだろ。いや、まだ何も言われてないけどな。


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