47. 覚悟を決めた
先頭車両の助手席の窓から警官のひとりが身を乗り出した。その手には銃。だが、ぺけ丸の持っていた物とは形が異なる。やけにゴツいというか――――
「へへっ、一番槍はもらいだぁ!」
呑気に観察している暇はなかった。タッタッタと軽快な発射音が響く。不安定な体勢で撃ったせいか、俺たちにはかすりもしなかったが、代わりに近くのアスファルトがはじけ飛んだ。
いきなり殺意高過ぎだろっ!
「連射式か!」
「サブマシンガンなのです!」
こっちはフライパンとリリィの拳銃一丁だ。火力差が大きすぎる。遮蔽物が少ない場所じゃ、勝ち目はない。
「とりあえず、路地に逃げ込むぞ!」
「はいなのです!」
出てきたばかりなのに、細い路地に逆戻りだ。追い込まれる形となったが、やむを得ない。パトカー相手に駆けっこしても勝ち目はないからな。その点、道幅の狭いこの場所ならパトカーも入ってこないはず。ひき殺されるリスクはなくなる。
撃ち合いに関しても、前方だけを注意すればいいので多少はやりやすい。といっても、少しマシって程度だけども。多少の地形有利で戦況を覆すには、人数も火力も違いすぎる。
パトカーは俺たちのいる路地からさほど離れていない場所に停車。中から、4人の警察官が降りてくる。いずれもプレイヤーだ。頭上の表記は、まろにぃ、伝説の配管工、イガラー、どーまん、となっている。ぺけ丸がいないということは、パトカーにも人員を残しているってことだろう。
「けけけ、逃げても無駄だぜぇ?」
「楽しい楽しい、狩りの時間だぁ」
完全にギャング側の台詞を吐きつつ歩いてくるのはイガラーとどーまんだ。残る二人も、ニタニタと笑っているので、まあ似たり寄ったりだとは思うが。
全員、手にしているのはサブマシンガン。詳しい特徴はわからないが、単発式の拳銃とは火力が違うはずだ。
「リリィ、先制攻撃だ!」
「了解なのです!」
路地の入り口で、建物の影から顔を出しつつ、まずは一射お見舞いする。できれば、早い段階で相手の数を減らしておきたい。
だが、リリィの放った弾丸は外れてしまったら。派手な音はしたが、四人に負傷した様子はない。
「ち、違うのです! これはリリィのせいじゃないのです! 使ってるインターフェースがへっぽこなのがいけないのです!」
「いいから、引っ込め!」
言い訳するリリィの首元を引っ掴んで、路地に引き戻す。直後、喧しい銃声が四重奏を奏でた。ガガガと音を立て、あちこちの壁が削られていく。
いや、本当にひどい。俺たち二人に対して、絶対に過剰戦力だろ。他に事件はないのか? 暇なのか?
これでは撃ち合いすらできない。顔を出した瞬間に蜂の巣だ。
「一旦下がるか。ヤツらが入ってきたところを狙おう」
この路地は非常に入り組んでいる。幾つもある曲がり角で、同じように待ち伏せすれば、一人、二人は倒せるかもしれない。最悪倒せなくても、アイツらに負担を強いることはできる。サブマシンガンは連射できるが、その分、弾の消耗が激しい。ヤツら、ちょっとおかしなくらい撃ちまくってくるから、上手くいけば弾切れを狙えるかもしれない。
そんな目論見で後退を繰り返すこと二度。だが、そこでもリリィの攻撃は外れてしまった。こちらも撃たれてはいないので双方の被害はゼロだ
そして、三度目に下がろうとしたとき失策に気づく。
「ダーリン、大通りなのです!」
「げっ!?」
適当に曲がっていたら、路地の出口にたどり着いてしまった。最初に右、今度も右に曲がったので、冷静に考えれば当然である。しかし、迎撃することに頭がいっぱいで考えが及ばなかった。
「どうするのです?」
リリィが聞いてくる。
引き返して別の道に飛び込むのは無理だ。すでに銃声はやみ、ヤツらの足音が聞こえている。飛び出した瞬間、撃たれるに違いない。
では、大通りに出るか?
少なくとも四人はここに引きつけている。ひょっとしたら、大通りの方が人員が少ないかもしれない。
だが、それは楽観的な予想だ。十分な人数がいれば、むしろ不利になる。それに、俺たちを追う四人だってすぐに合流するだろう。やはり無謀だ。
仕方がない。
「ここで迎え撃つぞ」
小声で伝えると、リリィが無言で頷く。角で待ち伏せて、近づいたところを襲いかかるという作戦だ。
足音を頼りにヤツらの接近を確認し、充分に近づいたところで――――飛び出す!
「おらぁ!」
「うおっ!?」
「コイツ!」
完全に油断していたらしく、奇襲は成功。どーまんの頭に良いのを食らわせることができた。昏倒はしていないが、足元がふらついている。
とりあえず、コイツを盾にすれば……って、撃たれた!?
「なんて卑劣な真似を!」
「いや、撃ってる! 撃ってる!?」
「くそぉ、卑怯者めが!」
「言動を一致させろよ!」
悔しげな表情を滲ませながら、伝説の配管工がマシンガンを乱射する。すぐにまろにぃ、イガラーもあとに続いた。まったく容赦なしだ。
弾丸は俺には届かない。その代わりに、それはもう景気よくどーまんに突き刺さる。
「お、お前ら……あとで覚えてろ!」
「すまんなぁ、どーまん!」
「お前のことは、忘れないさ」
「けけけ、戦いに犠牲はつきものだぜぇ」
哀れ人間盾となったどーまんは、ぐったりとして動かなくなった。
「えげつな……」
いや、まあ、ゲームだし、死んでもリスポーンするだけなんだが。それにしても思い切りがよすぎだろうよ。
「さて、わかったと思うが、我々は犯罪者に屈しない。つまり、君はもうおしまいだ。武器を捨て大人しく投降するつもりはあるか? ないよな? ないって言え」
ニヤリと笑う伝説の配管工。投降の呼びかけは完全に建前でしかないらしい。殺る気満々だな。
では、こちらも答えよう。
「投降はしない。こっちも覚悟は決まってる」
ただし、死ぬ覚悟ではないぞ。フライパンで無双する覚悟だ。
本来なら俺だってこんなことしたくない。だけど、初心者プレイヤーに対してベテラン四人で殺しに来るのはエグいだろ。だったら、こちらも容赦はしないさ。
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