46. ひゃっはー

 さて、思わぬハプニングに時間を取られた。ぺけ丸がリスポーンしたなら、俺たちの情報が警察全体に伝わっている可能性がある。早めに移動した方がいいだろう。


「おい、何をしてるんだ、リリィ。行くぞ」

「ちょっと待って欲しいのです」


 リリィがしゃがみこんで何かしている。目の前にはぺけ丸の抜け殻だ。


 GTBでは死亡してからしばらくの間、亡骸がその場に残る。死亡時に所持していたアイテムも、亡骸とともに残されるので、それを漁っているのだろう。


「じゃじゃ~ん、なのです!」

「あ、お前、それ……!」

「戦利品なのです!」


 ドヤ顔のリリィが両手で掲げて見せたのは、ぺけ丸の拳銃だった。


「ずるいぞ!」

「ずるくないのです。ダーリンには武器があるのに、リリィにはないのです。だから、これはリリィが使うのです」


 珍しく反抗的なことを言う。


 まあ、それはいいんだが。リリィは俺の意見なら何でも受け入れがちなので、嫌なことはちゃんと拒絶するように言ってある。そういう意味では好ましい反応だ。


 だが、それを俺が受け入れるかどうかは別の話。俺だって、銃が欲しい。


「武器って、フライパンじゃないか。不公平だろ」

「いいですか、ダーリン。ダーリンはそれでも戦えるですが、リリィがフライパンを持ったところで何の役にも立たないのです」

「いや、まあ、そうかもしれないが……」

「戦力を最大化するには、これがベストなのです!」

「ぬぬ……」


 心情的には納得できないが、正論と言わざるを得ない。不本意ではあるが、銃はリリィが持つということになった。


「さ、こんなところに長居は無用だ」

「入り組んだ場所は土地勘がないと不利なのです。どこかに身を隠してほとぼりを冷ます方がいいかもなのです」


 できればこのまま目的地へと直行したいところだが、迷路のような路地を踏破するのは簡単ではない。そもそも本当にこの路地が指定場所に繋がっているかも怪しい気がしてきた。もしかして、別ルートからしか行けないのでは?


 追っ手の可能性と、目的地への経路の問題。それらを考慮して一度大通りに戻ることにした。あの場には大勢の野次馬がいる。そこに紛れつつ、身を隠す算段である。


 だが、警察の動きは予想以上に早かった。


「この音、まさか?」

「パトカーなのです!」


 大通りに出たところで、けたたましいサイレンが聞こえてきた。気のせいでなければ、徐々に近づいてくる。


「どうするです?」

「予定通りだ。人混みに紛れる」


 怪しまれないように、慌てず騒がず、自然な形で野次馬に合流する……つもりだったのだが。


「な、なんだ?」

「リリィたち、避けられてるのです?」


 さっきまで、事故現場を取り囲んでいた群衆が蜘蛛の子を散らすように去って行く。それだけならばパトカーの登場に不穏な空気を感じ取って解散したと思うところだが、どうも違う気がする。逃げる人たちに紛れようとすると、露骨に距離を取られるのだ。しまいには、俺たちの眼前で扉を閉め切られた。明らかに避けられている。


「何でだ? 犯罪者のマークでもついているのか?」

「手配システムとかはあるですが、まだ手配されてないのです!」


 手配システムか。確か、犯罪が露呈する度に加算されるポイントあって、それが一定値を越えるとNPC警察に指名手配されるっていうシステムだったな。


 現在、俺たちが犯した罪のうち、警察にバレているのはぺけ丸殺しの一件だけのはず。対象が警察官なので通常の殺人より余計に犯罪ポイントが加算された可能性はあるが、リリィが言うにはまだ指名手配されたわけではないらしい。じゃあ、なんで避けられるんだ。


 そもそも、指名手配されただけでは一般NPCの反応に影響は出ないんじゃなかったか。露骨に避けられるのは犯罪ポイントが蓄積し悪名が轟き渡ってからのはずだ。


「やっぱり、ダーリンの体質が……」

「おい、待て。決めつけるのはよくないぞ。別の要因があるかもしれない」

「別の要因って、なんなのです?」

「いや、それはわからないが……」


 とはいえ、何でも俺のせいにされてはたまらない。世の中、何が起こるかわからないのだ。実際、アルセイでは運営のサイバノイドがデスゲームを企んでいたわけだし。


「ともかく、この件に関しては俺のせいと断定するのは早計だろ」

「むぅ。仕方がないのです。判断は保留しとくのです」


 ふぅ、何とか俺のせいにされるのを防げたぞ。まったく、根拠なく疑うとは理不尽なヤツだ。日頃の行いと言われれば反論は難しいが。


 俺はリリィを説得したという達成感でひと仕事終えたような気分になっていた。だが、すぐに何も終わっていないことを思い出す。


 まあ、思い出したところで、手遅れなんだけど。何故ならば、今まさに大通りへと飛び込んできた車両があるからだ。車体上部に回転する青と赤のライトが設置されているその車両は、どう見てもパトカーだった。しかも、三台。俺たちを捕まえるためだとしたら大袈裟すぎないか?


 ひょっとしたら別件かとも思ったが、甘い考えは一瞬で否定される。


『このー、見つけたぞー! 俺の拳銃を返せー!』


 音割れのひどい大音量。スピーカーから聞こえる声はぺけ丸のものだ。


 まあ、それはいい。攻撃したのはこちらだし、拳銃を奪ったのも事実だ。ぺけ丸に追われるのは理解できる。


『ひゃっはー、活きのいい犯罪者だぜぇ!』

『けけけ、俺の獲物だぁ!』

『いいや、俺がるぅ!』


 だけど、他の声は何だ。やたらと殺意の高いというか、どう聞いてもチンピラの言動である。


 流石はギャングタウン。警察もひと味違うってことか。


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