43. 近接武器と言えば

 死亡状態から復帰したのは、事故現場から数十メートル離れた路地裏だった。リリィが人気ひとけのない場所に調整してくれたらしい。


 大通りに出ると、がやがやと騒ぐ人の声が聞こえる。衝突音を聞きつけて、何事かと見に来たようだ。ぱっと見る限り大半はNPCだな。頭上に名前が表示されているヤツもちらほらいるが、全体としては少ない。


「あっという間に野次馬だらけだな」

「あれだけの事故なのです。騒ぎになるのも無理ないのです」


 リリィがうんうんと頷く。


 まあ、確かに。ギャングのカチコミにしても異常な速度で突っ込んだからな。そのせいで車はぺちゃんこ。建物の壁にも大穴があいた。物騒な事件に慣れたギャングタウンの住民でも驚いたことだろう。


 仮にギャングの抗争ならば勢力図が変わる可能性もある。だからこそ、何者の仕業か探ろうとしているのかもしれないな。車の中身は空っぽだから、探ったところで何がわかるわけでもないんだが。


「まあ、あの場に行って俺たちができることはないよな。当初の目的を果たそう」

「入団受付の場所ならすぐ近くなのです」


 それは良かった。流石に、さっきの今では車の運転に抵抗があった。


 マップを確認すると、目的地を示すピンは俺たちがリスポーンした場所から一つ隣の路地にあった。歩いてもすぐだ。人々が事故現場に注目する中、俺たちは気にせずそちらへと向かった。


「ここだな」

「そうなのです」


 外観は何の変哲もない。特に看板が掲げてあるわけでもないので、何の建物かはわからなかった。規模から言って、ここが本拠地ってことはないだろう。それにしてはこじんまりしている。


 見張りのような者もいないので、少し躊躇いながら扉を開く。中は狭い部屋だ。テーブルと椅子があるだけで、簡素を通り越して殺風景だった。向かいの壁には扉が一つ。奥に向かうには、この部屋を通るしかない。つまり、ここは見張りの人員を配置するための待機部屋なのだろう。本来ならば。


「誰もいないのです」


 リリィが口にした通り、部屋は無人だった。一瞬、空き屋なのかと疑ったが、その考えはすぐに否定した。それなりに掃除が行き届いているので、普段から使われているはずだ。


「出払っているのか? 不用心だな」

「どうするのです? 奥に向かうですか?」

「そうだなぁ」


 この部屋が予想通りの見張り部屋ならば、勝手に中に入るのはマズい。わざわざ見張りを立てるってことは、奥に進ませたくないってことだからな。


 相手はギャングだ。このまま進めば秘密を探りにきた敵対者と判断されて、有無を言わさず撃たれる可能性が非常に高い。そうでなくとも、これから入団しようという組織に喧嘩を売るような真似は良くないだろう。


 となれば、奥に進むという選択肢はない。無難なのはここで待つことだが……いつ戻ってくるかわからない相手をただ待つのは時間の無駄だよなぁ。


 一旦出直すか。そんな考えが頭を過ったときだった。


「ん、誰だ? ここがどこか知って入ってきたのか?」


 入り口からぬっと顔を出したのはスキンヘッドのNPCだ。目つきが悪く、いかにも堅気ではない。おそらくはギャング『キラービー』の関係者だろう。タイミングよく戻ってきたらしい。


「入団募集の張り紙を見た」

「ほぅ」


 端的に告げると、スキンヘッドのおっさんはギロリと睨むような視線を向けてくる。まずは俺、そしてリリィ。団員として使えるか値踏みしているってところか。俺はともかく、リリィのアバターはただの少女。ひょっとしたら何か言われるかと思ったが、特に言及はなかった。ひとしきり観察したところで、おっさんが頷く。


「ま、いいだろう。新人は歓迎だ。だが、無条件に加入を認めるわけじゃねぇ。入団試験を受けてもらうぞ」


 ほほぅ、入団試験。なかなかゲームらしくなってきたじゃないか。


「内容は?」

「ちょっと待て」


 おっさんが奥の部屋に引っ込む。戻ってきたとき、その手には黒い鞄と何故かフライパンがあった。


「これは?」

「開けてみろ」


 言われるままに鞄を開けると、そこには大量の白い粉が入っていた。ギャングが取り扱う白い粉と言えば、想像するのは薬物だ。


 視線を合わせて詳細を知りたいと念じると、視界の隅にポップアップでアイテムの説明が表示される。



【謎の白い粉】

ギャング『キラービー』謹製の白い粉。

天にも昇れる気分になる。



 はっきりと言及されていないが、やはり薬物のようだな。ただ、お約束というものがわからないのか、リリィは怪訝な表情で首を傾げている。


「ただの小麦粉なのです?」

「そんなわけないだろうが」


 見当違いな発言をおっさんが不機嫌そうな表情で否定した。しかし、気を取り直したのか、すぐにニヤリと顔を歪める。子供が見たら泣き出すこと間違いなしの笑顔だ。


「コイツはとびっきりの上物だぜ?」

「ふぅん、なのです」


 だが、リリィは見た目通りの子供ではない。怯むこともなく、しかも興味なさげに軽く流した。おっさんはおっさんで、リリィの反応を気にすることもなく説明を続ける。


「コイツを指定の場所に届ける。それが入団試験だ。もしかしたら、相手はごねるかもしれねぇが……そのときはこれで黙らせてやれ」


 そう言って差し出してきたのは、さっきのフライパンだ。


「……まさか、それ、武器扱いなのか?」

「ははは、そういうこったな! 新人にゃあ、相応しいだろ!」


 期待したのは否定の言葉だったが、残念ながら肯定されてしまった。確かにフライパンを武器にするゲームもなくはないが、実際に支給されると非常に残念な気持ちになるな。まぁ、入団前の下っ端に銃なんてくれるわけもないか。

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