44. 警察官プレイヤー

 黒い鞄とフライパンを受け取って外に出る。


 ひとまず、鞄はインベントリ行きにしておこう。怪しげなブツを見える形で持ち歩かずに済むので精神的には少し楽だ。


 とはいえ、インベントリに入れておけば安心ってわけでもないらしいけど。何でも警察官は持ち物チェックで他人のインベントリの中を確認できるそうだ。拘束状態でなければチェックを拒否することもできるが、そうするとやましいことがあると言っているようなものだからなぁ。警察官に目をつけられると、その時点で厳しいってわけだ。


 フライパンも少し悩んでインベントリに片付けた。武器として考えるなら手元に持っていた方がいいんだが、日用品とはいえ外で持ち歩いていれば怪しすぎる。職務質問待ったなしだ。


 ファンタジーRPGと違って、そこかしこにエネミーがいるわけじゃない。武器は必要なときだけ装備するのがいいだろう。


「指定された場所は……そう遠くはないな」

「これなら車で移動せずにすむのです」

「そうだな。地味に歩くか」


 目的地は俺たちが自動車事故を起こした大通りを挟んだ向こう側らしい。未だにざわつく事故現場を遠巻きにしながら、細い路地に入る。あとは視界の隅に表示させたマップを見ながら目的地へと歩くだけ……なのだが、これが意外にくせ者だった。


「全然、まっすぐ進めないじゃないか」


 目の前には壁。マップを見れば目的地はすぐそこなのだが、行く手は遮られている。こりゃ、また回り込まないとダメだな。さっきから、その繰り返しだ。この路地は迷路のように入り組んでいるらしい。


 残念ながらマップ機能はあてにならない。比較的大きな道しか表示されない仕様のようだ。


「リリィが調べるですか?」


 小首を傾げてリリィが聞いてくる。おそらくは、ゲームの仕様外の方法でということだろう。


 調査方法にもよるが、調べるだけならセーフだろうか?


 世の中にはゲームの攻略情報なんて溢れかえっている。そう考えれば問題ない気がするな。別に隠しデータを暴きだすわけでもなく、調べるのは単なる経路情報だけだし。


 少し心惹かれるものがあるが……やっぱりなしだな。便利な機能に頼りすぎると、ゲーム本来の楽しみを損ねてしまう。数時間も迷ってるならともかく、まだほんの数分だしな。少なくとも、もうしばらくは自力で探してみよう。


「やめておこう。地道に歩けば、そのうちたどり着くだろ」

「わかったのです!」


 振り返って来た道を戻る。が、袋小路を抜け出す前に、行く手を遮る人物が現れた。


「やぁ、お二人さん。こんなところでどうしたの?」


 軽い口調で声をかけてきたのは、若い男性。頭上には『ぺけ丸』という表示があった。


「プレイヤーか?」

「そそ。見たらわかると思うけど、ローグル市警の所属ね。はい、これ手帳」


 ペケ丸が印籠のように取りだして見せたのは、確かに警察手帳らしきものだ。もっとも、それが本物かどうか俺にはわからないが。



【警察手帳】

ローグル市警所属『ぺけ丸』



 と思ったら、こんな情報が表示された。本物みたいだ。


 さて、これはマズい状況ではなかろうか。俺のインベントリには例の白い粉の入った鞄がある。持ち物チェックをされれば終わりだ。プレイヤーなら交渉次第でどうにかなるかもしれないが、それは最後の手段。できれば何事もなくやりすごしたいところだ。


「さて、改めて聞くけど、ここで何をしてたんだい?」

「別に何も。適当にふらふらしてただけだ。強いて言うなら散策だな」

「ふぅん?」


 平静を装い答えるが、ぺけ丸に納得した様子はない。理由はわからないが、不審に思われているようだ。ヤツの目がすっと細められた。


「厳つい男が路地裏に少女を連れ込む……穏やかな状況じゃないよね?」


 一瞬、言っている意味がわからなかった。


 だが、状況を俯瞰してみると確かに厳つい男少女リリィ人気ひとけのない路地裏に連れ込んでいるように見えなくもない。場面的に、誘拐事件発生直前ってところだ。偶然にも目撃したなら、警察じゃなくとも声をかけるだろう。


 とはいえ、だ。


「誤解にもほどがあるだろ! 両方ともプレイヤーだぞ!」


 プレイヤー同士が連れ立って歩くのはよくあること。そんなことで少女誘拐犯と疑われてはたまらない。猛烈に抗議すると、ペケ丸はけらけらと笑い出した。


「ははは、冗談、冗談! わかってるって! ちょっとからかっただけだよ」


 なかなか悪趣味なヤツだ。無視して立ち去りたいところだが、袋小路の出口を塞ぐような形で立っているのでそれもできない。仕方なく、話を続けた。


「結局、何の用なんだ?」

「初めて見るプレイヤーだったから声をかけただけだよ。ショウとリリィね。二人とも新人だよね?」


 ぺけ丸の視線がちらりと俺たちの頭上を向いた。名前を確認したのだろう。


 ちなみにリリィはサイバノイドだが、GTBではプレイヤー扱いとなっている。人間と同じようにヘッドギアタイプの端末からアクセスしているからだ。


「ああ、今日はじめたばかりだ」

「リリもなのです!」

「オッケーオッケー! 最近、プレイヤー数が減りつつあるから、新人は大歓迎だよ。何か困ったことがあったら気軽に連絡してくれ」


 ピコンと音を立てフレンド申請の通知が届く。特に拒否する理由もないので、そちらには許可を出しておいた。


 それにしても、プレイヤーが減ってるのか。確かに、あまり見かけないとは思ったが、時間帯のせいばかりじゃなかったんだな。一年くらい前には大人気でサーバーを増設するとか言う話を聞いた気がしたんだが。


 まあ、その辺りの話は、あとで調べてみればわかるだろう。


「わかった。何かあれば頼むな」

「遠慮せずにどうぞ。あ、でもちょっと待って」


 用が済んだなら立ち去ろう……と思ったのだが、ぺけ丸にはまだ用事があるらしい。仕方なく付き合おうと思ったのは油断だったのかもしれない。まあ、行く手を遮られているので、付き合わざるを得ないのだが。


「何だ?」

「少し前に近くで大きな事故があってね。捜査をしているところなんだ。ってわけで、持ち物チェックをさせてもらえないかな。チュートリアルだと思ってさ」


 ぺけ丸の顔には邪気のない笑顔が浮かんでいる。俺たちを疑っているわけではなさそうだが、残念ながらビンゴなんだよなぁ。


 あっちの件に関しては証拠となるような物は持っていないが、問題は黒い鞄例のブツだ。別件とはいえ、見つかればスルーされるはずがない。


 まさか、あの運転バグがここにつながるとは。祟るなぁ。

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