41. 車強盗

 張り出されたギャング団のポスターを見比べてみたが……正直言って違いがわからなかった。記載されている内容が少なすぎるのだ。まあ、それも仕方がないとは思う。「うちは強盗を中心に活動しています!」みたいなことを堂々と載せるわけにもいかないだろうからなぁ。ポスターで団員募集する時点で今更な気もするが。


「ま、適当に決めるか。リリィ、選んでいいぞ」

「じゃあ、これにするのです!」


 リリィが選んだのは、凶悪そうな殺人蜂が描かれたポスターだった。きっと、この蜂が団のマークなのだろう。団の名前は『キラービー』らしい。悪くないな。


「この場所に行けばいいのか?」


 ポスターにはご丁寧に入団受付の場所が記されている。アジトとは別の場所だと思うが、ちょっと不用心な気がするな。いや、もしかすると警察すら手をつけられないほどの勢力なのか? まあ、行ってみればわかるか。


 マップ検索した結果、目的地までは少し距離があることがわかった。


「歩くには遠いな……」

「たぶん、一時間くらいかかるのです」


 リリィが言うなら間違いないだろう。歩くのはなしだな。ここは足を確保するべきか。


 近代的な世界だけあって、GTBには多種多様な移動手段がある。バイクや車はもちろん、ヘリやジェット機までも。その中でも手頃なのはやはり車だろうな。何と言っても、そこら中で走っている。


 普通なら金を払って購入するところだ。しかし、ここは犯罪上等のギャングタウン。別の方法で車を手に入れる事ができる。それはすなわち――――強盗。GTBをやるなら、一度は試してみないとな。金もないし。


「ゲームだとわかってても、ドキドキするな」

「大丈夫なのです! ダーリンなら立派な車強盗になれるのです!」

「立派な車強盗って、だいぶ矛盾に溢れた言葉だな……」


 道端で車を待つ。リリィの微妙な励ましを受けていると、ついに獲物が近づいてきた。


 計画は単純。車道に出て車を止めたあと、運転手を引きずり出すだけだ。注意点は飛び出すタイミングくらいかな。早すぎると避けられるし、直前すぎれば轢かれてしまう。咄嗟にブレーキを踏んで止まれるくらいがベストだ。


「このタイミング……って、嘘だろ!」

「ダーリン!?」


 タイミングは悪くなかったはずだ。安全を優先して心持ち早めに飛び出したので、避けられる可能性はあったが、その場合は次の挑戦でタイミングを調整すれば良い。そう考えていた。


 誤算だったのは、運転手がよそ見していたことか。明らかにブレーキを踏むのが遅れた。意外にもブレーキ性能が良く、車体は急激に減速する。だが、それでも衝突は避けられそうにない。咄嗟に頭を庇って衝撃に備えるが――――予想したような痛みはやってこなかった。


「なんだこりゃ!?」


 気がつけば、俺の体は車にめり込んでいた。あまりに強靱な肉体ゆえに車の方がひしゃげてしまった……というわけでもない。車はもとの形状のまま。本来ならば発生するはずの衝突処理を無視して、すり抜けてしまったようだ。その上、車が中途半端なところで止まってしまった。そのせいで、ボンネットから上半身が生えているような状態になっている。


「しかも抜け出せないのかよ!」


 衝突時にはすり抜けたのに、今になって接触判定が復活したらしい。そのせいで、藻掻けど藻掻けど抜け出すことができない。


 車に埋まった状態で悪戦苦闘していると、とてとてと駆け寄ってきたリリィが目を細めて言った。


「うーん。オブジェクトが重なっておかしくなってるのです。重なりを解消すれば……うん、なんとかなりそうなのです! ここはリリィに任せを!」

「そうか……すまんが、頼む」


 困ったときのリリィ頼み。体を捩るくらいではどうにもならないと悟ったので、ここは大人しく任せることにした。ここで意固地になっても良い事なんて何もないからな。


 だが、そうなると手持ち無沙汰だ。何となく視線を巡らせていると、フロントガラス越しに唖然とする運転手と目があった。


「よ、よう!」


 右手を挙げ、フレンドリィに挨拶してみる。わりと必死だ。というのも、ギャングタウンに住んでいるだけあって、GTBのNPCは喧嘩っ早い。自衛手段に銃を持ち出してきたりするので、油断ならないのだ。身動きできない状態で撃たれでもしたら、どうにもならない。


「な、なんなんだ、お前は!? 怪しいヤツめ!」


 だが、努力も虚しく、運転手の男は俺を露骨に警戒している。まだ銃を出してはいないが、マズい流れだ。


「ま、待て、俺は怪しい者じゃない! 落ち着け!」

「そんなわけあるか!」


 全くもってご尤も。人の車から体を生やしておいて、怪しくないなんて無理があるよなぁ。俺だって、そう思う。こんな状態で説得なんて、難度高過ぎだろ。


 とはいえ、そうも言っていられない。ヒートアップした運転手がいよいよ銃を取りだしたのだ。


 このままでは撃たれる。そんなときだ。


「これでよし……なのです!」


 リリィの声が聞こえたと思った瞬間――――俺の体は宙を舞っていた。


 いや、舞うなんて優雅さはないな。これは発射だ。ミサイルの如く、俺は空を突き進んでいる。


 凄まじい速度で、太陽に向かって一直線。地面なんて遙か遠く。あっという間に、ビルすら越えた。このまま空を抜け、重力の軛すら振り切って、宇宙空間へと突入しそうな勢いだ。どうして、こうなった!


 ひょっとしたら、オブジェクトが重なっている間、反発力が加わり続けていたのかもしれない。重なりが解除された途端に蓄積された反発力が一気に解放されたのだと考えると辻褄が合う気がする。それがわかったとしても、何の慰めにもならないが。


「と、止まった?」


 なかなかの射出速度だと思ったが、脱出速度には達していなかったらしい。宇宙空間に突入することもなく、俺の上昇は止まった。


 そうなると、次にやってくるのは落下。


 さっきの逆を辿るように、景色が流れていく。こんな体験、なかなかできないぞ。


 でも、違うんだよな。そうじゃないんだよな。確かに非日常を体験したいとは思っていたが、こんなことを望んだわけじゃない。俺はただ普通にゲームがしたいだけなんだ。


 この期に及んで出来ることは何もない。諦めの境地で流れゆく景色を眺める。


 終点はすぐだった。地面に激突したらしく、凄まじい衝撃が体を襲う。画面には“You're dead!”の文字が踊っていた。

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