40. あるのかよ!

「ふぅ。ここまで来れば大丈夫だろ」

「別に逃げる必要はなかったと思うのです」

「そう言われてみればそうか?」


 GTBは犯罪行為上等のゲームシステムだ。リスクはあるがNPCの殺害も可能である。花を燃やす程度ならまだ可愛いものだろう。とはいえ、ギャングが相手ならばともかく一般市民だと若干の抵抗があるよなぁ。まあ、慣れれば気にならなくなるのかもしれないが。


 とはいえ、さっきのは犯罪行為にびびったわけではない。体質による“やらかし”に焦って逃げたのだ。こちらに何のメリットがないとはいえ、システム外の挙動を引き起こしたわけだからな。下手をすれば運営から不正行為と判断される可能性があった。そうなると、最悪の場合、アカウント停止措置もありえるのだ。


 ただ、それにしても逃げる必要はない……というか、逃げる意味がない。検出システムに引っかかったならその時点で記録が残るはずだ。運営からすれば、それを照会すればいいだけなので、どこにいようと関係ない。


「ま、起きてしまったことを気にしても仕方がないか。それよりも、歩くだけで強制転移とかの罠はないみたいだな」

「罠というか、ダーリンの体質のせいなのですけど」

「……わかってるから、それ以上は言うな」


 あの場から離れるために結構走ったが、別の場所に転移するようなことはなかった。絶対に安心というわけではないが、ひとまず街中を歩くだけならば問題ないと判断していいだろう。


「これなら手を繋いで歩く必要はないな」

「むぅ、残念なのです」


 何が残念か。流石にずっと手を繋ぎっぱなしとはいかないだろ。


「さて、これからどうするか?」

「街を見て回るです?」

「そうしようかと思ったが……この辺りは普通だしな」


 今のところ、殺伐さは皆無だ。街並みもごく普通。そんな場所をただ歩いてもな。散歩が悪いというわけじゃないが、わざわざゲームでやる必要性は感じない。GTBは現代風の世界観なので、物珍しい感じでもないし。


 やはりゲームらしい世界観を堪能したい。GTBなら、ギャングに関わる揉め事とかな。その手のイベントを体験するにはどうすればいいだろうか。


「時間帯や場所を変えるのも手だが……やっぱり一番はどこかに所属することだろうな」


 ギャング、商業組合、警察、自警団。GTBには大小様々な組織がある。所属する組織によって、立場が変わるわけだ。ギャングになれば、他のギャングや警察と敵対することになる。必然的に、その手のイベントに巻き込まれるってわけだ。


「ふむふむ、なのです。それで、ダーリンはどこに所属するつもりなのです?」

「GTBならではってなると……やっぱりギャングか」


 せっかくならば、非日常な体験をしたいからな。試しにやってみるのもいいだろう。ま、合わなければ、やめればいいさ。多少のペナルティはあるが、所属を変えることはできるらしいし。


 とまあ、gギャングになると決めたのはいいが。


「どうやってギャングになればいいんだ?」


 システムメニューを開けば、所属を申請するコマンドはある。が、選択しても〈対象が存在しません〉というメッセージが表示されるのみ。おそらく、組織のボスか、最低でも構成員に接触しなくてはならないってことだろうな。


 街の様子を見る限り、ギャングが堂々と歩いている感じではない。もしかして探し出して接触する必要があるのか? ちょっと面倒だな。


「ダーリン、あそこに張り紙があるのです! もしかしたら、団員募集のお知らせもあるかもですよ?」


 リリィが指さしたのは、とある建物の壁だ。掲示スペースになっているらしく、様々なポスターが貼り出されているのが見える。アナログな手法だが、ポスターで人員募集するのは有り得る話だ。とはいえ。


「俺が探しているのはギャングだぞ。さすがにあれで団員募集するのは無理がないか?」


 ギャング団が乱立する街とはいえ、警察は普通にいるはずだ。アジトや構成員につながる

情報を大ぴらに掲示するとは思えないのだが。


「それはそうなのです。でも、どうせ当てはないのですよ。なら見てみればいいのです。何か情報が得られるかもしれないですよ」

「まあ、そうか」


 リリィの意見は正しい。入団募集はともかく、ギャングの情報がないとは限らない。例えば、賞金首の情報とかな。仮に手がかりが得られなかったとしても、この街についての情報が手に入るのなら損はない。ま、見るだけ見てみるか。


 というわけで、掲示スペースを確認してみる。ざっと見た限り、半分くらいは同じものだな。大きく花の絵が掲載されている白いポスターだ。愛の花という団体が発行しているものらしい。なになに?


 “平和な世界を作るために。あなたも『愛の花』で活動してみませんか。幸せな未来を私たちの手で”


「胡散臭いな」


 具体的な活動は書いていないし、どんな組織なのかもわかりはしない。宗教関係だろうか。いずれにせよ、関わりたくない。


「あ、見つけたのです!」


 白いポスターから視線を外したところで、リリィが声を上げた。


「何を見つけたんだ?」

「もちろん、団員募集のお知らせなのです。ギャングの」

「はぁ?」


 そんな馬鹿なと思いつつ、リリィが示すポスターを確認する。デカデカと入団歓迎と記されているそれは、確かにとあるギャングが掲示したものらしい。


 いや、あるのかよ!

 賞金首とかお尋ね者とか、その手のポスターですらない。紛れもなく、ド直球の団員募集だった。


「こっちにもあるのです!」

「マジか……」


 よくよく見れば、ちらほらギャングの団員募集ポスターが掲載されている。しかも、それぞれ別のギャングだ。


「警察は何してるんだ……?」

「リリィはわかりやすくていいと思うのです」


 ま、まあ、ゲームだからな。潜伏するギャングを探す手間を省略したって可能性もなくはない……のか?


 まさか俺のせいってことはないよな?

 ポスターが張られたのは過去の話だし、関係ないと思いたいが……。

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