Gang Town Berserkers
39. Gang Town Berserkers
視界が切り替わる。目の前に広がるのは、薄汚れた路地裏だった。昼間だが、日差しが両脇の建物に遮られているので少々薄暗い。
「へぇ。思ったよりもリアルだな。作り物めいた感じはあるけど」
「それはわざとなのです。現実と混同しないようにするための配慮ですよ」
誰とはなしに呟いた言葉に、即座に返答があった。振り返れば、そこにいたのは最早見慣れた顔。何の因果か俺のところで居候しているサイバノイドのリリィだ。
ゲーム開始直後だが、うまく合流できたようだ。スタート地点はわりとランダムらしいが、リリィが何か細工したのだろう。ありのままにゲームを楽しみたい俺としては、少々気が咎める行為だが……まあ、このくらいは許容範囲だな。というより、妥協せざるを得ない。俺の体質から言って、リリィのフォローがないとまともに遊べない可能性が高いからな。
俺たちがいるのはGang Town Berserkers――通称、GTBというVRゲームの中だ。内容はざっくりと言えば、架空世界の街での生活を楽しむライフシミュレーターである。それだけ聞けば平和的だが、GTBはひと味違う。生活の舞台となるのは多数のギャングが乱立する街。窃盗や殺しといった犯罪が日常茶飯事の無法地帯である。つまりは、殺伐とした非日常な生活を楽しみゲームというわけだ。
稼働歴は五年ほど。つまり、五年前の技術で作られたゲームだが、想像以上に出来がいい。アルセイのようにリアルと見紛うほどじゃないが、体を動かしてみても違和感はほとんどなかった。
アルセイがサービスを停止して一ヶ月。残念ながら再開の目途すら立っていないようだ。
アルカディアの世界を堪能しきれていないので、まだまだアルセイで遊びたいという気持ちはある。が、いつ再開するのかわからないのではな。ただ待つのはつまらないので、別のゲームを遊ぶことにしたわけだ。それが、このGTBである。
GTBを選んだのに深い理由はない。あえて言えば、せっかくのゲームなのだし非日常を楽しんでみたいというところだろうか。ギャング生活なんてリアルでは欠片も憧れないが、ゲームなら別である。普通ならあり得ない生活を体験できるってのが、ゲームのいいところだよな。
「それで、これからどうするのです、ダーリン?」
「それはぼちぼち考えるが、とりあえず街を見て回ろう。ここに居ても仕方がないしな」
「了解なのです! では」
はいと差し出されたのは右手。その手のひらには何が乗っているというわけでもない。いや、わかってる。握れと言っていることは。
「あのな。さすがに、大丈夫だろ」
「甘いのです! 甘々なのです! ダーリンが初めてやるゲームならこのくらいの慎重さは持つべきなのです!」
「そこまで言うか……」
反論したいところだが、前例があるので強く主張はできない。アルセイでは、転移処理が発生するたびに不具合でおかしな場所に強制移動させられたからな。俺は今でもアルセイにプログラム的な問題だと信じているが……万が一、俺の体質に起因するものだとしたら、別のゲームで発生してもおかしくはない。
社会人にとってゲームをする時間は貴重だ。無限リスポーンで浪費するのは惜しい。ここは妥協すべきか。
「ほら」
「はい! では、行くですよ!」
渋々手を握ると、ご満悦といった様子で歩き出した。少女に手を引かれるおっさん、爆誕である。リリィのアバターはアルセイのころとほとんど変わらないが、俺の方はゲームの世界観に合わせて多少厳つい見た目に設定した。だから、なおさら絵面が酷い。現実世界ならば間違いなく通報案件だ。いや、手を引かれているのは俺なんだが。
路地を抜けて、少し大きめの通りに出る。
「意外と普通だな」
荒れているといえば荒れているのかもしれない。歩道の隅に落ちているゴミの類いは、確実に現実の街よりも多い。だが、逆に言えば、その程度だ。ギャングタウンと言うくらいなので、目を合わせただけで因縁をつけてくるヤバい奴らが大勢いるのかと思ったが、そんなことはなかった。
車道にはごく普通の車が走っていて、疎らながら歩道を行く人もいる。ぱっと見る限り、ギャングには見えない。おそらくは、ただの一般人だろう。この街にも普通の市民はいるし、警察だっている。その辺りは普通の街と変わらない。まあ、治安はかなり悪いだろうが。
「あ、この街は初めてですか?」
しげしげと辺りを眺めていると、声をかけられた。視線をやると、そこにいたのは背の低い女性だ。見た目はリリィと同じくらいなので、少女と言うべきか。色素が薄めの金髪を後ろで縛っている。おそらくはNPCだな。プレイヤーならば、頭上に名前が表示されているはずなので。
「ぬぬっ!? ダーリンに色目を使うなんて図々しいヤツなのです!」
返事をする暇もなく、リリィが俺を庇うかのように前に出る。威嚇のつもりか語調が荒い。慌てた金髪少女が首をぶんぶん振った。
「え!? いや、色目なんてそんな。私はただ平和を祈って、お花を配ってるんです」
そう言って少女が差し出した右手には、確かに白い花が握られている。左腕から下げた籠には同じような花がたくさん入っていた。どうやら言葉通り、花を配っているらしい。
ギャングの蔓延る街で平和を願うとはなかなか場違いな気がするが……いや、こんな場所だからこそ必要なのかもしれない。
まあ、残念ながらこの街に平和が訪れることはないと思うが。このゲーム、殺伐した雰囲気がウリだからな。プレイヤーは、程度の差こそあれ、それを承知で遊んでいるわけで……むしろ殺伐とした世界を望んでいるはずだ。
とはいえ、NPCにそういった事情を説明しても意味がないし、するつもりもない。興奮するリリィを宥めるためにも、さっさと話を終わらせた方がいいだろう。そう思い、差し出された花に手を伸ばした瞬間――――
「おぁ!?」
「ひぇ?」
少女の持っていた花が突然発火した。それを見て、リリィが勝ち誇ったような顔をする。
「ふふふ~! そうなのです! そんな女の花なんて燃やしてしまえばいいのです!」
「リリィ、お前やりすぎだぞ」
「へっ? リリィじゃないですよ。ダーリンのいつもの、なのです!」
リリィの仕業かと思ったら違った。
残念ながら。本当に残念ながら、俺のいつもの――つまり、特異体質による不具合らしい。別に花が燃えたくらい何の問題もないが、平和を祈る少女が手渡しきた花を目の前で燃やしてしまったのは……少々気まずい。
「リリィ、撤退だ!」
「はい、なのです!」
というわけで、呆然とする少女を置いて、すたこらと逃げ出すことにした。GTB開始早々、なかなか不安の残る滑り出しだ。
だが、諦めんぞ。俺はゲームを普通に楽しんで見せる!
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長らくお待たせしました!
本日から再開です。
更新日は火・木・土の予定。
GTB編の終了まで続けます!
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