37. 理不尽な体質

 ひと仕事終えたユーリがふぅと長く息を吐く。


「動けなくなったときは焦ったけど、何とかなったね」

「音声入力を遮断しなかったことがヤツの敗因だな。人間を甘く見すぎだ」

「まあ、あんなことできるのは、ショウだけだと思うけどね……」


 それもそうか。しかも、俺自身、能力をコントロールできるわけじゃないからな。何故か壊れてしまうってだけだ。望んで得た力じゃないし、不都合ばかりだったので遠ざけていたが……この体質についてもちゃんと知っておいた方がいいのかもしれないな。


 それはともかく。


「これで万事解決か?」

「まだなのですよ。デスゲーム状態は解除されてないのです」

「おっと、それがあったな」


 確認してみたが、リリィの指摘通り、まだログアウトはできない状態だった。よく考えれば、デスゲームが解除されたというシステムメッセージも出ていない。依然として続行中ということか。


「リリィちゃんはどうにかできないの?」


 ユーリが尋ねる。だが、リリィは首を横に振った。


「リリィに、その権限はないのです」


 デスゲームを止めるには、運営管理者としての権限が必要らしい。それが可能なのはディルリブルだけ。なかなか困った状態だ。


 俺の体質を利用できれば……とも思ったが、なかなか難しい。俺が意識的に干渉できるのはデジタル空間上で視認できるものだけなんだよな。デスゲーム発生装置みたいなものがあれば破壊できるんだが、そうでなければ手が出せない。転移バグのように形を伴わない不具合は、俺が意図的に引き起こすことはできないのだ。


 となれば、デスゲームを解除するにはディルリブルの権限が必要。だが、サイバープリズンから出すのはもってのほかだ。拘束できたのは、ヤツに油断があったからこそである。二度目が通用するとは思えない。きっと、なりふり構わず、俺たちを殺しにくるだろう。


 現実的なのは、リリィがシステムを乗っ取ることだ。ただ、それも簡単ではないらしい。もし仮に権限を奪えたとしても、それには数日かかるだろうとのこと。ディルリブルがサイバープリズンに閉じ込められているので、これ以上の事態悪化はないだろうが、あまり望ましいことではない。外部からの強制ログアウトで死亡なんてことがあるかもしれないからな。


「権限を奪うにはどうすればいいんだ?」

「一番いいのは鍵を奪うことなのです」


 管理者システムにアクセスするためには鍵が必要らしい。よくわからないが、めちゃくちゃデータ量が膨大で手順が複雑なパスワードみたいなものだそうだ。システムを掌握するには、その鍵の解析が必要なのだとか。もし、ディルリブルから鍵を奪えれば、その手間がいらなくなる。


「ディルリブルとは話ができるのか?」

「取り調べできるように、そういう機能はあるよ」

「繋いでくれるか」

「わかった」


 ユーリが頷く。少しして、近くの不思議な小窓が現れた。空間に投影されたディスプレイらしい。そこにディルリブルの生首が映っている。


「まさか、この私が、こんな姿で閉じ込められるとはな。敵ながら見事なものだ」


 生首がニヤニヤと笑っている。悔しさはなく勝ち誇っている。こちら側の事情は理解しているらしい。


「デスゲームを解除したい。システムの鍵を渡せ」


 端的に告げると、やれやれと首を振った。生首だと、踊っているように見えるな。


「断るよ。交換条件といこう、私を出せば解除してやる」

「アホなことを言うな」

「残念だ」


 ディルリブルはニヤニヤ笑っている。自分が有利だと思っているのだろう。実際、閉じ込められたままでもヤツは困らない。サイバノイドは飲み食いをするわけではなのだ。長期戦になれば困るのは俺たちだ。ログアウトできなくとも肉体は維持しなくてはならない。どうなるかは不安だった。


 さて、どうしたものかと、周囲を見回した俺の目に、ディルリブルの体が映る。首だけ千切れても、体はそのままそこにあった。


 とりあえず、その体を小窓の近くまで運び、ヤツにも認識できる形にしてやる。


「何をするつもり?」


 ユーリが尋ねてくる。と言われても、特にプランがあるわけじゃないんだが。


「まあ、ちょっと試してみようかと」


 言いながら、インベントリからコッコの羽を取りだした。これでくすぐってみるのはどうだろうか。


「拷問でもするつもりかね? ふふ、無駄なことを。すでに感覚は遮断されている。そちらにいくらダメージを与えても、私に伝わることはない」


 ディルリブルが嘲るように笑う。それを無視して、ヤツの体の靴を脱がした。


「……何故、装飾品を勝手に外せる?」


 ディルリブルの声に焦りが混じった。本来、靴を脱がせることはできないのだろう。そりゃそうだ。人の装備を勝手に剥がせたらまずい。


 だが、まあ、できるのだから仕方がない。深く考えても仕方がないので、羽を足の指に這わせた。そのままディルリブルの様子を窺う。


「ふ……ふふ。無駄、だぞ。な、何も感じないからな」


 言葉では平気な振りをしているが、隠せてはいない。明らかに効いている。みんなで顔を見合わせて頷いた。容赦などしない。


 靴を脱がすのは俺にしか不可能だったが、くすぐるのは他の二人にもできるようだった。


「ほら、こしょこしょこしょ~」

「ふぐ……効いて……効いていないぞ!」

「ここなのです? ここが効くのですか?」

「くっ……ぐ……馬鹿、やめろ!」

「さっさと吐けば、楽になるぞ?」

「な、何故だ!? 何故、こんなことに!」


 半笑いで嘆くディルリブルを情け容赦なくくすぐる。間断なく続けられる羽根攻撃に、ついにディルリブルが白旗を振った。


「や、やめろ! やめてくれ! わかった、鍵は渡す! 渡すからやめてくれ!」

「……もし、偽物だったら、わかってるだろうな?」

「わ、わかっている。本物だ!」

「早速、試してみるのです!」


 鍵のデータを受け取ったリリィが管理者システムへのアクセスを試みる。といっても、無言で目を閉じるだけ。視覚的に何か起きるわけでもなく、とても地味な光景だ。


 待ったのは僅かの間。すぐに、リリィが瞳を開いた。その顔には満面の笑顔が浮かんでいる。


「掌握完了、なのです! デスゲームの解除に成功したのです!」


 その言葉通り、程なくしてデスゲームが解除されたというメッセージが表示された。俺たちは解放されたのだ。


「よくやった!」

「リリィちゃん、さすが!」

「ふへへ……ダーリンとユーリのおかげなのです! 二人とも無事で良かった……本当に」


 俺とユーリで褒めると、リリィが控えめに微笑む。嬉しさか、それとも安堵からか。その瞳には薄らと涙が浮かんでいた。


「な、なんという理不尽な能力なのだ……」


 そんな中、ディルリブルがぐったりとした様子で呟く。俺も同感だ。本当に理不尽な体質だとは思う。だが、それが役に立つときもあるんだな。


 サイバノイドにとっては天敵のような能力だ。もしかすると、上手く利用できるかもしれないが……そんなもの、俺には関係ない。俺はただ普通にゲームがしたいだけなんだ。

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