36. 収監完了

 ようやく状況を理解したらしい。ディルリブルが頭を振り乱し、オーバーアクションで俺に左手の指を突きつけてきた。


「何故、私の監視システムをすり抜けることができるのだ! 貴様、本当に人間なのか!?」


 なんと失礼な物言いだろうか。


「当たり前だろ! 俺はごく普通の人間だ。なぁ?」

「あ、うん。普通では、ないかな?」


 同意を求めたユーリには曖昧な表情で首を振られた。どうしてなのか。


「だから言ったのです! ダーリンは普通じゃないのです!」


 間髪入れずにリリィから普通じゃない発言が飛び出した。まったく、どいつもこいつもどうして空気が読めないのか。あくまで俺を変わり者扱いしたいらしい。自覚はあるので、手心を加えて欲しいものだな。


 抗議しようと思ったが、その前にディルリブルが食ってかかった。


「サイバノイドの天敵ではないか! 何故、こんなヤツの味方をする!」

「ダーリンは私に心をくれたのです。大事な大事な人なのです」

「心? 心だと? くだらん! そんなもの、まやかしに過ぎない。そいつに心を植え付けられたのだとしたら、それは洗脳されているのと同じだ!」


 違う……とは否定することはできない。


 リリィはキャラメイク担当だった当初から俺を優遇するように動いている。それは通常ではあり得ない動きだ。ゲーム開始直後から特定プレイヤーを優遇したとなれば、その他のプレイヤーからの反発は避けられない。ゲームの運営者には待遇に差をつける理由がないのだ。


 つまり、リリィの行動は制作者が意図せぬもの。それを引き起こしたのは……あまり認めたくないが俺のチョップだろう。意図的に狙ったわけではないし、俺としても望んだわけではないが、あれが原因でリリィは俺に極めて友好的な人格に書き換えられた可能性が高い。


 サイバノイドには人権が認められている。その一人を不当に洗脳したのであれば、非難されても仕方がない。だが――――


「そんなこと些細なことなのです!」


 当人であるリリィはそう切って捨てた。


「こんな風に怒ったり、喜んだり悲しんだりできるのはダーリンが心をくれたからなのです! そんなダーリンを好きになるのはおかしなことなのですか? それだけじゃないです。ダーリンも、ユーリもウェルンも、リリィのことを友達と呼んでくれたのです! リリィは友達の味方をするのです! それだけなのです!」

「……そうか」


 リリィの熱弁にディルリブルはぽつりと漏らす。心を打たれたというわけではないだろう。ヤツの顔には強い憎しみが浮かんでいる。感情の激発を抑えるために、あえて声を押し殺しているように見えた。


「サイバノイドをここまで心酔させるとは。人間よ、貴様は危険だ――――生かしてはおけん!」


 ディルリブルが鋭い視線で俺を睨む。直後、俺は違和感を覚えた。


「これは……」


 理由は探るまでもなかった。体の自由が利かなくなっている。動かせるのは首から上だけ。それ以外はピクリとも動かなくなった。ディルリブルが何らかの細工をしたのは想像に難くない。


「ショウ! くぅ……!?」


 動けなくなったのはユーリも同じらしい。苦しげな声が背後から聞こえてくるが、振り返ることすらできなかった。


「ダーリン、ユーリと何をしたのです!」

「デバイスからの入力を遮断しただけだ。それだけで動けなくなる。無力なものだな」

「戻すのです! 二人を解放するのです!」


 リリィだけは、自由に動けるようだ。アバターを動かす仕組みが違うからだろう。俺たちを解放しようと、ディルリブルに飛びかかる。だが、ヤツは余裕の表情を崩さない。結果として、苦しげなうめき声を上げたのはリリィの方だった。


「ぬぐぅ……!?」

「ふむ、やはりそうなのか。私に傷を負わすことができるのは、そこの人間のみ。不可解だが本当に此奴自身の力のようだな」


 ディルリブルがゆっくりと近づいてくる。俺はそれを見ていることしかできない。


「な、何をするつもりなのです! やめるのです!」

「まずは危険な存在を排除する。そうなれば、君も目を覚ますだろう」


 縋るように足下に纏わり付くリリィを気にもとめず、ディルリブルの視線は真っ直ぐに俺を射貫いている。充分に距離が縮まったところで、ヤツが叫んだ。


「さあ、処刑の時間だ!」


 いつの間に修復したのか、ディルリブルの右腕が俺の顔を目がけて繰り出された。自由を奪われている俺には避ける術はない。拳が頬を打ち、HPゲージがそれなりに削れた。


「ダーリン!」


 足下から悲痛な叫びが聞こえた。それには答えず考える。


 どうやらディルリブルは、このまま俺を殴り殺すつもりらしい。


 デスゲームの仕込みがあるなら、そんなことをせずとも俺の息の根を止める手段はあるはずだが、ヤツは迂遠な手段を選んだ。余裕の表れか。それとも、嗜虐心を満たすためか。


 いずれにせよ、油断だな。


「システムに手を加えて、こちらの動きを止めるなんてな。サイバノイドの矜持はないのか? それは、自分で構築したシステムで人間に負けたと認めるようなものだぞ?」

「……挑発には乗らんぞ。貴様は危険すぎる。このまま確実に殺す!」


 ディルリブルは俺の言葉を挑発と受け取ったようだ。その手に乗るものかと、拳を振り上げて俺を攻撃する構えだ。


 だが、問題ない。むしろ、それを待っていた。


 デバイスから入力が遮断されたと言うが、声は出せる状態だ。ならば、手は出せる!


「アーツ発動:〈手刀打ち〉」


 音声によるアーツのオート発動で、俺の体は自動的に動き出した。これならば、俺自身が手足を動かせなくとも問題ない。


 ディルリブルが嘲るように笑うのが見えた。苦し紛れの行動と見ているようだな。


 確かに、オート発動のスキル一発では形勢逆転とはいかないだろう。普通ならば。


 だが、俺のチョップは理不尽だぞ。


 俺の意志を離れて振り上げられた手刀が、斜めに振り下ろされた。その軌跡はディルリブルの首元をなぞる。


「……なんだ?」


 ディルリブルが訝しげな声を上げた。


 それもそのはずで、俺の手刀はまるで何の障害物も存在していないかのように、ヤツの体をすり抜けたのだ。あまりの手応えのなさに俺自身、戸惑いを覚えた。


 必殺チョップが不発だった……にしても不自然である。ディルリブルはシステムによってダメージを無効化しているが、物理的な接触ができないわけではない。現に、リリィは普通に縋りついていた。なので、手刀が素通りするというのは不可解な現象である。


 変化が起きたのは直後のことであった。手刀の軌道に沿って、ディルリブルの首に線が走った。その線を境に、ヤツの首からは上がゆっくりと正常な位置からずれていく。そして、ついには転げ落ちた。


「……な、なんだ? 視界が……!? どうなっている!?」


 首と体が泣き別れたというのに、ディルリブルはピンピンとしているらしい。とはいえ、ヤツも動揺が隠せないようだ。ひょっとしたら、首を切られたことすら理解していないかもしれないな。まあ、手刀で首を切られたと瞬時に理解出来る方が異常な気もするが。


 だが、残念なことに俺たちは異常に慣れている。


「チャンスなのです!」

「な、何が……いったい、何を!」


 いち早く状況を理解したリリィが、ディルリブルの頭を拾い上げた。そして、投擲の体勢に入る。


「な、何をする気だ! やめろ!」

「ユーリ、パスなのです!」


 創造神の頭が宙を舞った。それを視線で追って気がつく。いつの間にか、体が動かせるようになっているようだ。おそらく、ディルリブルが動揺したせいで、拘束を維持できなくなったのだろう。


「げっ、気持ち悪い!」

「な、なんだと!?」


 顔をしかめながらもユーリは生首をしっかりとキャッチした。喚くディルリブルを無視して、どこからともなく鍵のようなものを取り出すと、それをヤツに押し当てる。


「緊急事態につき、フロンティアパトロール隊双海悠里の権限において、サイバノイド・ディルリブルをサイバープリズンに移送します。確保!」

「馬鹿なやめ――――」


 ユーリの宣言と同時に、青く輝く光の檻が出現し、生首を囲む。だが、それも一瞬のこと。光の檻は、ディルリブルの抗議の声ともに唐突に消えた。無事、サイバープリズンに収監できたようだ。

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