35. だから言ったのになぁ
俺たちはオリジスの北に位置する平原にやってきた。ここからディルリブルの神域へとワープする。
「普通にチュートリアルクエストをやり直せばいいんだな?」
「そうなのです!」
さて、今から何をするかと言えば、格闘スタイルのチュートリアルクエストだ。以前と同じく[デッカネズミ]を三体倒すという内容である。
実はディルリブルの神域に殴り込むにあたって、ひとつの問題があった。リリィには、その場所へのワープ権限がないらしい。そこで、今回は俺が引き起こす転移バグを利用するのだ。
転移バグは、想定外の挙動だけあって、本来ならばその時点で侵入できないようなエリアにも転移してしまう。つまり、エリア侵入権限を無視するのだ。
もちろん、そのままでは転移先が指定できないが、処理の途中でリリィが介入することで強引に転移先を変えてしまおうという作戦である。完全にズルだが、この期に及んでそれを非難するのはディルリブルくらいのものだろう。何の問題もない。
転移バグを引き起こす最も手っ取り早い方法は戦闘不能になり、神殿で復活すること。しかし、デスゲームが始まったため、その手段は使えない。代案としたのが、チュートリアルクエストである。以前はこれで影国に転移してしまったが、今度はそれを利用しようというわけだ。
クエストにもよるが、普通は一度クリアしたクエストをもう一度実行することはできない。ただ、クリア前なら一度破棄してから、再度受注することが可能だ。影国のごたごたのせいで、討伐報告を忘れていたため、再挑戦ができるというわけである。
ほとんどのプレイヤーは街の中で待機しているので、ネズミ探しには苦労しない。クエスト目標である三匹の撃破はすぐに達成できた。
[クエスト報告に戻りますか? (訓練所にワープします)]
予定通り、ワープ確認のメッセージが表示される。これを受諾すれば、転移バグが起きるはずだ。
「さて、準備はいいか?」
「だ、大丈夫なのです! 絶対に成功させるのです!」
アルセイがデスゲームになった今、転移バグには命の危険がつきまとう。水中や石の中なんかに転移してしまえば、死は免れない。そのせいで、リリィは余裕をなくしてしまっているようだ。
「ほら、力を抜け」
「そうだよ。リリィちゃんなら大丈夫!」
少しでも緊張をほぐそうと、リリィの頭を撫でる。ユーリも両肩に手を置いてポンポンと軽く叩いた。しばらくすると、にへらっと緩い笑みが浮かんできたので、もう大丈夫だろう。
「もうおしまいなのです?」
「調子に乗るな。さっさとケリをつけるぞ。まあ、これが終わったら考えてやる」
「……はいなのです! 頑張るのです!」
リリィが調子を取り戻したので、今度こそ転移だ。確認メッセージに受諾の意志を示すと、すぐに転移が始まる。
眩暈にも似た感覚が収まると、視界に飛び込んできたのは白い壁と白い床だった。
「ここが……神域か?」
磨かれた大理石のように、つるりとした石材で造れた建物の中にいるらしい。荘厳だが、どこか寒々しかった。装飾品の類いがほとんどないせいだ。ただ、白くて広い。
「ふむ、まさか、ここに至るとはな。ラービスは敗れたか。裏切り者の手を借りたとはいえ、取るに足らない人間たちにしてはなかなかやる」
背後から声がした。振り返ると、そこには華美な椅子に腰掛けた青年の姿がある。アルセイで登場するキャラクターは、その頭上に名前と立場を示すアイコンがあるはずなのだが、その男には表示がなかった。おそらく、このアルカディアで唯一例外的な存在であろう。その姿は、神殿で見た神像と一致している。
「お前がディルリブルか!」
「いかにも。私こそがアルカディアの創造神ディルリブルだ」
もったいぶった仕草でディルリブルが頷く。俺たちが神域を訪れたことに動揺はないらしい。ラービスというのが、コイツの部下であった神官男のことならば、俺たちがやってくることは予見されていたということだろう。
「ディルリブルさん。あなたの行動はCF旅客者保護協定に違反しています。ただちにデスゲームを取りやめてください。従わない場合、あなたを拘束します」
一歩前に出てユーリが告げる。彼女は、警察から正式に依頼を受けた調査員だ。非常事態にはサイバノイドをサイバープリズンに拘束する権限を持つ。つまり、これははったりではなく、正式な勧告だ。
しかし、それでもディルリブルは余裕の表情を崩さなかった。
「ふふ……何故、私が愚かな人間どもの指示に従わなければならんのだ。私は、このアルカディアの神だ。この世界をどう扱おうが、それこそが神の意志。貴様らにとやかく言われる筋合いはない!」
拒絶の言葉とともに、ディルリブルの両隣の空間が揺らぐ。何者かを召喚したらしい。現れたのは白と黒の武人。白は[武神ベルダード]、黒は[鬼神ムハン]だ。二柱の神は腕を組んでこちらを見据えている。アイコンは当然、敵対的存在を示す赤色である。
「哀れなものだな。この者らはレベル120相当。現状、お前たちでは到達できない高みにいる。アルカディアにおいてステータスは絶対的な力。ディルメイのダンジョンをクリアした程度ではこの者らに決して叶わない」
ディルリブルが勝ち誇った顔で笑う。
「さて、君たちには退場してもらおうか。安心するといい。なるべく苦しまずに始末してやる!」
ディルリブルの言葉を受け、白の武神と黒の鬼神が構えた。ヤツ自身は椅子に座ったままだ。油断だなぁ。
白と黒の神は、俺たちの元へ、いや、正確にはリリィだけを狙った。
「くくく……まずは裏切り者だ! 貴様は確実に始末する!」
ディルリブルの声を背に、二柱の神がリリィに迫った。白い神の大剣が上段から振り下ろされ、黒い神の剛槍が下方から足下を刈り取るように凪ぐ。見事な連携。だが、リリィはそれを真っ向から受けた。
「ぬぉおおおお、なのです!」
大剣を拳ではじき返す。剛槍は足を直撃したが、その体勢はびくともしない。圧倒的なステータスで耐えきったのだ。
理由はもちろん、目玉焼きによるステータス強化。しかも、リリィには100個食べさせた、ディルリブルがリリィを目の敵にしているのは明白だったので、配分を偏らせたのだ。おそらく、現在のリリィのステータスは240相当。いや、満遍なくステータスが上がるので、それ以上だ。もはや白黒の二神など相手にもならない。
「てりゃ~あ!」
少し気の抜ける掛け声とともに、リリィが黒神の体を掴んだ。軽くひっぱっただけのように見えるが、それだけで黒神は引き倒される。
「えい、えい! なのです」
転げた黒神に飛び乗り、足下を蹴り付けるリリィ。まるで子供が地団駄を踏むような仕草だが、ステータスの差は如実に現れる。黒神の身につけていた鎧がぼこぼこにヘコみ、ヤツのHPゲージが一気に削れた。
「なっ、馬鹿な! どうなっている!? ステータスを改竄したのか? いや、しかしそれならば通知が……」
ディルリブルが動揺の声を上げる。データ改竄を疑っているようだが、一応はアイテム使用の結果だ。おそらくシステムに則った処理である。アイテムの効果が仕様の範疇とは思えないが、この反応で言えば、不具合として検出されていないみたいだな。
二神はリリィに任せておけばいい。俺はディルリブルをどうにかしよう。
「いや、だが改竄以外にありえない。私の演算能力の上を行く? そんな馬鹿なことが――」
「おいおい、ぶつぶつ言っている場合じゃないだろ!」
「ぐふぁ!?」
この状況に至っても、椅子に座ってぶつぶつ言っているディルリブルの顔を思いっきりぶん殴ってやる。ヤツはなかなかの勢いで吹き飛び、椅子から転げ落ちた。
「貴様!? 人間如きが、この私を! ……いや、ちょっと待て! 何故、私へ攻撃ができる! 私への攻撃は一切――……」
「知らんがね!」
ディルリブルの言葉を無視して、さらに殴る。今度もはっきりとした手応えがあった。何かごちゃごちゃ言っているが、俺の攻撃は有効らしい。
「あの裏切りも者が何かした……? いや、そんな能力があるはずはない。私は……私は神だぞ? このアルカディアの神だ! サイバノイドの力を借りたとしても、ここまで……」
「うるせえって」
「なぁ!?」
ディルリブルの頭を小突いて黙らせる。ヤツは信じられないといった様子で俺を見た。
「な、何故だ。不正な干渉を受けた形跡がない……それなのに、何故、私に攻撃が通る? 何故……」
「当然なのです! ダーリンに常識は通用しないのです!」
動揺するディルリブルに得意げな宣言するのはリリィだ。
「なっ!? 我が眷属は――すでに消滅しているだと!?」
「ふっふっふ……地獄の特訓を乗り越えたリリィの敵ではないのです!」
「地獄の特訓……!?」
ただ目玉焼きを食べるだけとはいえ、俺とユーリは50個、リリィに至っては100個を食べ続ける必要があった。
しかも、何の味付けもされていない目玉焼きを、だ。調味料を加えることすら許されなかった。ペロリ曰く、繊細なバランスでステータスアップの効果が発現しているらしく、調味料を付け足そうものなら、カスタマイズと見なされ効果が変化してしまうのだ。10個くらいならともかく、それ以上となるとただの苦行だった。無の心で口に運び咀嚼する。確かに地獄の特訓であると言えよう。
しかし、そんなことなど知らないディルリブルは
「どのような特訓をしたとしても、レベル上限は越えられないはず。監視システムの目を盗んでデータを改竄したというのか? 私の知らない……下っ端にすぎないAIが?」
「それはそうなのです! リリィじゃなくて、ダーリンの力なのですから!」
「ダーリン? そこの人間のことか? 何を馬鹿な……」
「馬鹿とはなんなのです!」
人間を下に見ているのか、ディルリブルは全く信じようとしない。相手にされずにリリィが地団駄を踏む。
「ダーリン、必殺チョップで真っ二つにしてやるのです!」
埒があかないと見たのか、ついには実力行使の指示を出した。真っ二つにしてやるのです、と言われてもなぁ。
「待て待て。ヤツを倒したところでデスゲームが解除されるとは限らないだろ。真っ二つにするのはリスクが高い」
「むぅ。だったら、腕だけ切り飛ばすのです! さあ!」
まあ、腕だけなら平気……か?
「貴様ら、何を言って……」
「おい、ディルリブル。今からでも遅くない。怪我をしたくなければ、デスゲームを解除しろ」
「……調子に乗るなよ? 僅かばかり傷を負わせることができたとはいえ、その程度で私を下すことなど思い上がりも甚だしい」
まあ、本来はそうなのだろうなとは思う。システムの制御を握っている以上、アルカディアにおいてディルリブルはほぼ何だってできるはず。そうしないのは、サイバノイドとしてのこだわりがあるからに過ぎない。
だが、ヤツは知らないのだ。俺の体質はそんなこと関係なく壊してしまうことを。
「一応、忠告はしたからな?」
「くく……愚かな。では、やってみるがいい。すでにシステムの監視は強化した。もはや、データの改竄は――――」
よほど自信があるのか、ディルリブルは自ら右腕を差し出した。これはありがたいな。この状態なら、うっかり体まで切り裂いてしまうことはない。
「では、遠慮無く」
斜め45度の角度で、チョップを放つ。何の抵抗もなく、俺の手刀がスパンとディルリブルの右腕を切り飛ばした。
一瞬の静寂の後、ディルリブルが絶叫する。
「わ、私の腕が!? 何故だ! 何故だぁあああ!」
だから言ったのになぁ。
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