34. 創造神の倒し方講座
「ふはは! では、創造神の倒し方講座を始める!」
高笑いで講師を務めるのはペロリだ。神を倒すなんて大仰なことを言っているが、サイバノイドの特徴について解説してくれるらしい。こう見えて、サイバーフロンティアに関わる民家企業の社員って話だからな。俺よりはサイバノイドについて詳しく知っているはずだ。
「はい、先生! ずばり、ディルリブルに勝つことはできますか?」
律儀に手を上げて、ウェルンが尋ねる。ちょっと演技がかっているのは、配信しているからだ。外部とは完全に遮断されているが、アルセイ内での通信はできる。まあ、この状況で呑気に動画を見ている連中がどれほどいるかは知らないが。
「うむ。相手はゲームの運営・管理を担うサイバノイド。しかも、ゲームの製作にも携わっている。このアルカディアにおいては正しく創造神と言える存在だ。データに手を加えることも思いのまま。つまり、ヤツがその気になれば、我々の命など簡単に散らされる。普通に考えれば勝つことなど不可能だ」
感情を交えず、淡々とペロリが答える。改めて聞かされると絶望的な状況だ。
「でも、勝機はあるのです!」
座っていた椅子の上に立ち、リリィが拳を振り上げる。それを見て、ペロリもニヤリと笑った。
「その通りだ。サイバノイドは特徴として、自分で定めたルールや条件に強い拘りを持つ。多少の失敗があったとしても、それらを撤回することはほとんどない。アルカディアの創造神を自認するディルリブルならば、アルセイのゲームシステムから外れた行動を取ることはないだろう」
ユーリが頷く。
「つまり、私たちがディルリブルと対峙しても、問答無用で殺されるわけじゃないってことですよね。あくまでゲームシステムの範疇で雌雄を決することになる」
「そういうことだね。とはいえ、相手は神だ。システムの範疇で戦ったとしても、アルセイ最高峰の強さに違いない。まともに戦って勝てるとは限らない」
ペロリの言葉に、全員が苦い顔をした。
だが、その通りだろう。ゲーム的にも神が弱ければがっかり感がある。おそらく、レベル上限のプレイヤーでも容易には勝てないほどの力を持っているはずだ。
「さすがに今のままではレベル不足か」
鍛冶鎚のダンジョンでかなりレベルが上がったとはいえ、俺のレベルは42。ユーリやウェルンも似たようなものだろう。レベル上限は100なので、半分以下である。
「でも、悠長にレベルを上げてる時間もないよね」
ウェルンが腕を組み、眉を下げた。ペロリも頷く。しかし、その顔に浮かぶのは悪戯っぽい笑顔だ。ヤツは突如、右手を額にあて、左手を横に突き出すという謎のポーズをとった。
「ふははは、では披露しようではないか! 私のとっておきを!」
「はいはい。そういうのはいいですから、早く説明してください」
「もう少し付き合ってくれてもいいんじゃないかね、ユーリ君」
「もっと余裕がある状況なら考えてあげます」
「それ、考えるだけで実行はしないやつだよね」
気の抜けるやり取りをしつつ、ペロリが取りだしたのは目玉焼きだ。ただの目玉焼きではなく、以前、俺が作った[英雄の目玉焼き]である。
「見よ、この黄金の輝きを! 私はこれの量産化に成功した!」
「えぇ、これを!? 確かに、とんでもない効果がついてなかった!」
爆弾発言にウェルンが食いつく。言葉はないが、俺とリリィも似たようなものだ。ユーリだけが、頭を抱えている。
英雄の目玉焼きの食事効果は幾つかあるが、中でも破格なのが[全能力が恒久的に10上昇する]という効果だ。
アルセイでは戦闘スタイルなどによって、レベルアップ時の成長傾向が変わる。だが、どんな成長傾向であれ、一回のレベルアップで上昇する能力値は高くて5程度だ。つまり、この目玉焼きを食べると、レベルが2上昇したとき以上の成長が得られる。
明らかなチートアイテム。最初に作った俺が言うのもなんだが、まっとうな手段で作れるわけがない。というか、これ、配信してるんだぞ。公表しても大丈夫なのか?
「はわ!? 何故なのです!? リリィの知らない特性が再現可能なのですか?」
「ははは、甘いよリリィ君。どんな理由であれ、作れたのだ。再現できない理由はない。今回の場合、システムに意図的に負荷が加わる状況を作り出し、その上で特定の手順を踏むことで再現が可能だ。具体的には、レンタルキッチン内に高速で移動するオブジェクトを無数に――……」
よくわからないが、やはり本来は再現不可能らしい。理解できないといった様子で、リリィは頭を抱えている。そんな彼女にペロリが講釈を垂れているが、全く意味がわからない。
自分を棚に上げて言うが……コイツ、何者なんだよ!
「ペロリさん、それってバグ利用のチート行為ですよ?」
ユーリがジロリと睨む。勢いよく喋っていたペロリの言葉が止まった。
「あ、いや、その……今は非常時だからね」
「じゃあ、これはいつ作ったんですか?」
俺たちはデスゲームが始まってすぐに合流した。となれば、当然ながら調理をしている暇はないわけで……。
たじたじになるペロリを見て、ユーリが大きく息を吐く。
「私たちは警察から依頼を受けた調査員ですからね。デスゲームの疑いがあったので、前もって備えておく必要があったのは確かですが……疑いの段階で軽率に動いては駄目ですよ」
言いながら、ユーリがペロリに向かってアイコンタクトを飛ばす。若干説明くさい台詞は、おそらく配信を見ているプレイヤーを意識してのことだろう。さりげなくペロリの正当性をアピールしているようだ。
まあ、ペロリにそんな意識があったかどうかは不明だが。ユーリに詰められて素で焦っていたしな。
「あ、ああ、そうだね! 確かに量産したのは軽率だった。だが、もしものために対抗手段を用意しておくのは重要だからね。今回は大目に見て欲しい。ああ、もちろん、みんなは真似しては駄目だからね!」
配信していることを思い出したのか、ペロリも大袈裟に頷いてカメラに向かってアピールしはじめた。かなり嘘くさい態度だが、言い訳は立つ……といいな。
「ともかく、この目玉焼きを200個用意してある。これを食べれば、神だろうと対抗できるはずだ」
「五人で挑むなら一人40個だね。それなら、何とかなる……かな?」
不安げな様子で、ウェルンが首を
その懸念はペロリも十分に承知しているらしい。きっぱりとウェルンの言葉を否定した。
「いや、ここは人数を絞った方がいいだろう。私とウェルン君は留守番だ」
ペロリは俺とリリィとユーリの三人で挑むことを想定しているらしい。たしかに、そうすれば強化を三人に集中することができる。
この三人である理由もしっかりと説明された。
まず、ディルリブルのもとに向かうにはリリィのワープ能力が必須だ。ヤツは神域と呼ばれるエリアにいるが、少なくとも現状ではプレイヤーが到達できない場所らしい。そうでなくとも、えっちらほっちら移動するには時間が惜しい。というわけで、リリィは必須。
次にユーリ。警察からの依頼を受けてアルセイを調査している彼女には、非常時におけるサイバノイドの拘束権限がある。アルセイがデスゲームとなった現状は正しく非常事態。ディルリブルをサイバースペースに収監するためにもユーリの同行は必要となる。
で、最後に俺だが……まあ、求められる役割は言うまでもない。
「ショウ君の役割はディルリブルの思惑を完膚なきまでに破壊することだな! この状況で君以上に頼もしい存在はいないよ! ははは、我々は運が良い!」
ペロリがご機嫌で俺の肩を叩く。一応、褒められているんだろうが、複雑な気分だ。そこまで“破壊”を強調しなくてもいいのにな。
だが、まあ、状況が状況だ。望ましくない“体質”であろうと、利用できる物は利用しないとな。サイバー空間でサイバノイドと敵対するのは、かなり無謀な行為らしいし。
「正直、ほっとしたような……でも、絶好のネタが……」
不参加になったウェルンは複雑そうな表情だ。この状況でもネタを気にする当たり、大物だな。
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