33. ゲームを取り戻そう

 オリジスの街はひどい騒ぎだった。当然だ。デスゲームが始まったと言われて平静でいられるはずがない。


 メッセージだけなら性質たちの悪戯と思うかもしれないが、実際にログアウトができなくなっている。多くのプレイヤーは半信半疑ながら、街に引き上げているようだ。オリジスの街はサービス開始日以上にごった返している。


 デスゲームの詳細については、メニューコマンドの詳細から参照できた。基本的には、リリィの言っていたとおり、ゲーム内の死が現実の死に繋がるという内容だ。端末を外すといった形で、外部から強制的にログアウトさせた場合にも、死に至るらしい。


 俺たちが集まっているのは、いつものカフェ。ダンジョンから戻ってすぐに、ペロリと合流して情報を共有したところだ。今は、ユーリとペロリが会社への通信を試みている。


「ダメ。事務所とも通信できない」

「我が社の通信システムも駄目か。対策されているようだな」


 どうやら、外部との通信は完全に遮断されているようだ。アルセイの標準的な通信ツールだけでなく、ユーリたちが会社で採用している通信システムでのやり取りも封じられているらしい。


 動画の配信や閲覧についても同様だ。正確に言えば、ログイン中のプレイヤー間で動画を共有することはできる。だが、外部ネットワークとの通信は完全に遮断されていた。つまり、動画を介した情報のやり取りもできない状態だ。


「救助は期待できませんね」


 ユーリがため息をつく。


 彼女の言うとおり、こちらの状況を外部に知らせる術がない以上、現実に復帰するためには、俺たち自身で問題を解決しなければならない。


 とはいえ、デスゲームを終わらせる手段についての提示はなかった。ゲームをクリアすれば、ログアウトできるようになるのか。それすらもわからない。


 当然ながら、そんな状況では、死のリスクを冒してまで、ゲームを進めようとする人間はいなかった。この状況が長く続けば、クリアを目指してみようというプレイヤーも出てくるかもしれないが。今はまだ多くのプレイヤーは様子見しているところだ。


「まさか、サイバノイドが自分の定めたルールをひっくり返すとはね」


 ペロリが首を振りながら、そんなことを言った。


「どういうことだ?」

「いや、そのままの意味だよ。サイバノイドというのは、自分なりのルールを以て生きているヤツが多い。ここのディルリブルが、いきなりデスゲームを始めず、フラグに拘っていたのも、おそらくはそれが原因だ。だから、フラグさえ阻止できればデスゲームを回避できると思っていたんだが……」

「ディルリブルの意志というよりは、部下が勝手に実行したように見えたが」

「それがまず驚きだ。ディルリブルに心酔する部下が、その意志に反して、勝手に動くとはね」


 部下の暴走で、目論見は外れることになった。そのことが、ペロリには信じられないらしい。


「それよりもどうする? ゆっくりはしていられないよ」


 ユーリが急かす。それにウェルンが首をひねった。


「どういうこと? 外部とは連絡がつかないけど、そのうち気づいてくれるでしょ。それを待てばいいんじゃないの?」


 ウェルンの疑問にユーリが首を横に振った。俺も同感だ。そんな悠長なことをしている場合じゃない。


「ログアウトできない状態だと、食事もとれない。一人暮らしなら誰にも気づかれずに餓死するだけだ」

「ああ……」


 俺の言葉に、ウェルンがぶるっと体を震わせる。想像したらしい。


「一人暮らしじゃなくったって危ないよ。こっちの事情がわからないんだから。無理矢理ログアウトさせようとする人が出てくるかもしれない。そうなったら、私たち、死んじゃうんだよ」


 そちらも十分に起こり得るリスクだ。強制ログアウトで死ぬってことが外部の人間に知らされていなれば、いつまでもログアウトしないプレイヤーを心配して無理矢理引き剥がす可能性だってある。時間が経てば経つほど、そういったリスクが高まるのだ。ユーリが急かすのももっともだった。


「そうか。でも、解決って言っても。たとえゲームをクリアしたって、解放されるって保証もないんでしょ?」


 ウェルンの言うとおりである。リスクを冒してゲーム攻略に乗り出したところで、それでデスゲームが解消できるとは限らないのだ。


「ディルリブルに掛け合ってみる? 意志に反してデスゲームが始まったのなら、話せばわかってもらえるかも?」


 ユーリが浮かない表情で提案する。自分でもそれで解決すると信じ切れていないんだろうな。もし、意志に反したデスゲームの開始が気に食わないのであれば、管理者の権限で終了させればいいだけなのだ。それをしない以上、話し合いでの決着は難しいだろう。


 とはいえ、他に有効な手段は思い浮かばない。このまま、来るかどうかもわからない助けを待つというのも性に合わないしな。


「ま、最悪暴力でのお話し合いになるかもな」

「サイバー空間でサイバノイドとやりあうなど自殺行為だが……まあ、君なら問題ないかもしれないな」


 ペロリが呆れた様子で頷いた。


 まあ、ディルリブルはこの世界において神のような存在……というか紛れもなく神だ。その意志一つで、俺たちの命など容易く吹き飛ばすことができる。そういう意味では、ペロリが呆れるのも当然だ。


 だが、ディルリブルがゲームという枠組みに固執するなら勝機はあるはずだ。


 問題はヤツの所在だ。神というのならば、特殊な空間にいると考えられる。そうでなくとも悠長に歩いて向かう余裕はなかった。であれば、頼りになるのはリリィの転移能力だ。


 協力を願おうと視線を向ければ、リリィは暗い表情で俯いている。やけに大人しいと思ったが、何か思い詰めているようだ。


「……リリィ、どうしたんだ?」

「本当にディルリブルのところに行くのですか? 死んだら……本当に死んじゃうのですよ?」


 声を掛けると、リリィは不安げな表情でそう訴えた。


 相手はデスゲームを企図した黒幕。確かにそのリスクはある。とはいえ、怯えて縮こまっていたところで事態は好転しない。


「さっきも言ったが、このまま手をこまねいていたら俺たちは死んでしまう。それはわかるだろ? やるしかないんだ」

「ダーリンたちがやらないとダメなのですか? 警察も何かが起きていることにはすぐ気がつくはずなのです」


 リリィの言うとおり、こちらの状況は遠からず外部にも伝わるだろう。連絡は取れずとも、プレイヤーが誰一人ログアウトしないということがわかれば、異変が起きたことは容易に察せられる。デスゲームの計画はすでに通報済みであるので、すぐに状況を把握するはずだ。


 だが、それでも即時解決とはいかないだろう。外部との通信が遮断されている今、ゲーム外からこちらに干渉することは簡単ではないはず。それどころか、下手に動けば事態が悪化する恐れがある。何しろ、俺たちを含めて、ログイン中の全プレイヤーが人質のようなものだからな。


 警察が俺たちをこのデスゲームから解放できたとして、果たしてそれはいつになることか。時間が掛かれば、犠牲者が出るのは避けられない。そして、それは俺たちの中の誰か……もしくは全員かもしれないのだ。


「すまんな。この状況で助けを待つなんて消極的な行動をとれる性格じゃないんだ」


 リリィの頭をゆっくりと撫でる。リリィはしばらくぐずぐずと泣いていたが、ふいに服の袖で目を拭い、顔を上げた。


「もう……ダーリンは本当にしょうがないのです! そこまで言うなら、リリィが助けてあげるのです。さっさとデスゲームを止めるですよ」

「ああ、ゲームを取り戻そう!」



■□■



「本当にディルリブルのところに行くのですか? 死んだら、死んじゃうのですよ?」


 私の言葉に、彼が困ったような顔をする。いや、本当に困ってるんだ。それはわかっている。


「さっきも言ったが、このまま手を拱いていても俺たちは死んでしまう。それはわかるだろ? やるしかないんだ」


 彼の手が私の頭を撫でた。ちょっと手荒な手付き。撫でるならもう少し優しくして欲しい。だけど、不思議とポカポカ暖かい気持ちになった。


 この気持ちが何なのか。私にはわからない。きっと愛なのだと思うのだけど、ちょっと違う気もする。愛なのだとしても、いろいろ種類があるらしい。


 ただ、ひとつだけ言える。私は彼と……彼らと一緒に過ごしたいんだ。


 言いたかった。危険なことは止めて、ここで私と一緒に暮らそうと。絶対に言っては駄目な言葉だとわかっているけれど……今なら、許されるんじゃないかと、そう思ってしまった。


 本当はわかっているのに。


 何故だか景色が歪んだ。不思議な液体が瞳を濡らす。知ってる。これが、涙。悲しいって気持ち。


 わかってる。本当はわかってる。一緒に笑って、一緒に過ごしても、彼らの体はアルカディアにはない。生きるためには戻らないといけない。私とこのまま暮らすことはできないんだ。


 だから、涙を拭った。悲しいけど、私たちは一緒には暮らせない。それでも、大好きなみんなには、生きていて欲しいから。


「もう……ダーリンは本当にしょうがないのです! そこまで言うなら、リリィが助けてあげるのです。さっさとデスゲームを止めさせるですよ」

「ああ、ゲームを取り戻そう!」


 きっと、それは叶わない。これだけの不祥事を起こしたのだから。この世界が再び、彼らを迎えることはできなくなるはずだ。


 だからこそ、笑おう。最後まで。そして、彼らを見送るんだ。

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