31. 仕掛けられた罠

 自分の体質の厄介さを改めて痛感していると、ユーリから背中を叩かれた。


「ぼんやりしてる暇はないよ。まだ終わってないんだから」

「そうだな」


 ともかく、今はデスゲームを完全に潰すのが最優先だ。さっさと鍛冶鎚を壊してしまおう。


 台座に置かれた鎚は、一見すると普通のハンマーだ。せいぜいが、実用品にしては少し装飾が派手かなという印象である。しかし、言い知れぬ禍々しさのようなものがあった。


「これで間違いないんだな?」

「はいなのです! これを破壊できればミッションコンプリートなのです!」


 念のために確認を取ると、リリィが興奮気味に頷く。ならばと、右手を振り上げた。他二つのフラグと同様なら、チョップで壊れるはずだ。


 だが――……


「なんなのです!?」

「うわぁ!」

「お、檻!?」


 俺が右手を振り下ろす前に、三つの悲鳴が上がる。振り返ると、そこには檻に捕らわれた三人と見知らぬ男の姿があった。男は白く小綺麗な服を身に纏っている。


「なんだ、お前は?」

「私ですか。私は……そうですね、その鍛冶鎚を生み出した呪術師の亡霊ということにしましょうか」


 そう言うと、男の姿が一瞬で変わった。薄汚れたフード付きのローブ。落ちくぼんだ目と痩せこけた手足。おまけに体が透けている。亡霊らしい姿だ。


 一応は、イベントという体裁を保とうとしているが、明らかに言動が怪しい。リリィに目配せすると、彼女はふるふると首を振った。


「こんなイベント、予定にはないのです!」


 本来はないイベントか。そんなものを強引にねじ込める存在となると限られる。有力候補がこのゲームの運営管理者。すなわち、デスゲームを画策している張本人だ。


「お前が黒幕のサイバノイドか?」

「まさか。私はディルリブル様の部下です」


 ディルリブル。それが黒幕の名前なのだろうか。


「どこかで聞いた名前だな」

「無知な人間はこれだから困ります! 神の名を忘れるなど!」


 男が叫んだ。怒りで変身が維持できなくなったのか、亡霊の姿から元の服装に戻っている。よく見れば、その服装はオリジスの神殿で見た神官たちが纏っていたものに似ていた。神に仕える者の装束なのだろう。


「神様気取りってわけか?」

「愚かな人間には理解できませんか? ディルリブル様は正しく神であられる。この世界を作られたのですからね」


 このアルセイというゲーム、旧シリーズと同じゲーム会社から販売されている。だが、製作は別だ。噂によれば実績のない無名の会社だという話で、発表直後にはクオリティを疑問視されていた。それらの評判はデモムービーなどの公開で払拭されていったが、結局、制作会社は謎のままだ。もし、制作者がディルリブルだというのなら、確かにアルカディアにとっては神にも等しい存在なのかもしれない。


 だからといって、それで神を自称するのは傲慢というか……個人的な印象を言うなら、痛いヤツである。


 とはいえ、それは個人の趣味だ。他人がとやかく言うことではない。勝手にやってくれればいい。


「で、お前は何しにきたんだ?」


 気になるのはコイツの目的。普通に考えれば、デスゲームを継続するために俺たちを妨害しにきたと考えるのが妥当だ。だが、ゲームを管理するサイバノイドならば、そんなまどろっこしいことをする必要はないと思うんだよな。


 フラグひとつでデスゲーム化してしまうような状況ならば、すでにハードウェア――おそらく、ヘッドギア型のデバイス――に何らかの仕掛けが施されているはずだ。残る条件がフラグだけなら、プログラムを書き換えるなりして、条件を満たしてやればいい。運営責任者のサイバノイドなら、それくらいのことは当然できる。


 それをしていないのには、何らかの理由があるはず。神様気取りならば、人間相手に本気を出すのはみっともないとでも考えているのかもしれない。


 となれば、今更、妨害に動き出すのは違和感がある。まあ、想定以上に追い詰められたので、なりふり構わなくなっただけかもしれないが。


 俺の問いに、神官服の男は意味ありげな笑みを浮かべた。


「ああ、簡単なことです。人間に媚びを売る裏切り者に罰を与えに来たのですよ」

「……リリィのことです?」

「他にいますか?」


 なるほど。デスゲームの実行は神であるディルリブルの意志。それを妨げようとするリリィは神に逆らう反逆者というわけか。


 この神官男の話しぶりからすると、ディルリブルは人間を敵視している。最初から敵と見ているので、敵対的な行動を取っても煩わしさはあっても怒りはないのだろう。しかし、リリィはサポートAI、言わば身内だ。だからこそ、裏切りが許せないのかもしれない。それこそ、わざわざ制裁を加えなければ気が済まないくらいに。


「もしかして、イベントを早めるという情報を流したのも?」

「ええ。裏切り者をあぶり出すためです」


 つまり、俺たちは囮情報にまんまとおびき出されたわけだ。


「私たちをどうするつもり?」


 ユーリが刺々しい声で問う。が、神官男はそれに竦むどころか、笑み深めた。


「いえ、特に私からは特に何も。ただし、その檻の中にいる限りログアウトはできません」


 済ました顔だが、声に加虐的な色を隠せていない。紛れもなく、コイツは楽しんでいる。俺たちを苦しめて、心の内でわらっているのだ。


「ほ、本当だ!? ロ、ログアウトできない! できなくなってる!」


 すぐに確認したらしいウェルンが、震える声で報告する。


 アルセイでは宿屋などの安全な場所でログアウトすることが推奨されているが、緊急時にはダンジョン内でもできなくはない。その場合、アバターはダンジョン内に残り続けるので、十中八九次回ログインしたときには戦闘不能で教会に戻された状態で始まるだろうが。


 しかし、檻に捕らわれた状態では完全にログアウトできない状況らしい。パニックになってもおかしくない状況だ。声が震えるくらいなら十分に気丈な対応だろう。


「私もログアウトできないみたい」


 こんな状況なのに、ユーリの声は普段と変わらない。それどころか、俺に向かって微笑んで見せた。まったく図太いヤツだ。


 状況は良くない。三人を囮に取られたようなものだ。だが、依然としてヤツの思惑がわからなかった。わざわざ檻に閉じ込めた理由はなんだ。何故、俺を自由にするんだ。


「結局、お前は何がしたい?」

「ふ……ふふふ! なに、ちょっとした余興ですよ。人間に媚びを売ればどうなるか。裏切り者には理解してもらおうと思いましてね」


 神官男が何かを投げた。カランと足下に転がってきたのは一振りのナイフ。アイテム名は[魂狩りの短剣]となっている。


「それが、何かわかっていますね? そう、鍛冶鎚で鍛えたナイフです。裏切り者に聞いていると思いますが、それで刺されれば現実における死が訪れます。それはあの裏切り者も同様。彼女の存在はこのアルカディアから消え去ります。裏切り者にはふさわしい末路でしょう!」


 そう言うと、神官男は再び亡霊へと姿を変えた。にたりと不気味な笑みを浮かべ、言葉を続ける。


「くひひ! 仲間を助けたければ、誰か一人を刺せばいい! そうすれば、他の二人は助けてやるぞ。くひ、くひひひ!」


 亡霊が嗤う。


 なかなか趣味の悪いことで。これはつまり、他二人を救うために、一人を犠牲にしろって話だ。そして、人間は二人で、一人はAI。人間の俺が犠牲にするのは当然――――と考えているのだろう。


 まったくアホらしい。だというのに、当のリリィがアホなことを言っている。


「ダーリン、リリィを刺すのです! リリィなら大丈夫ですから!」


 震えながら、それでも顔を上げ、リリィが訴えかける。


「リリィはサポートAIなのです。ダーリンたちと違って死ぬこともないのです。も、もしかしたら、お別れかもしれないですが、それでもダーリンたちには生きて欲しいのです! ダーリンは……みんなはリリィの友達なのです! みんなと友達になれただけでリリィは嬉しいのです。だから、だから……」


 その顔は少しも大丈夫そうには見えない。それなのに無理をして。全く、本当にアホなヤツだ。

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