30. 閉まる扉が存在しない

 アインゴルムスは強敵だけあって、今まで戦ってきたモンスターとは経験値が桁違いに多いらしい。今の一戦で全員のレベルが上がった。次のレベルアップも近そうだ。


 洞窟に出現するモンスターは他にも何種類かいる。いずれもアインゴルムスに匹敵する強さだが、チョップを解禁した俺の敵ではなかった。


 フローティングアームズ。腕だけが空を飛んでいる妙なヤツだ。持っている剣で斬りつけてくる。足下からすくい上げるような軌道で斬りつけてきたりと普通ではあり得ない攻撃もしてくるので少々厄介だ。しかし、俺がチョップすると真っ二つになって消滅する。


 ポイズンスモッグ。紫色の霧状モンスターである。毒をまき散らしてくるってだけでも厄介だが、その上、あらゆる攻撃を高確率で無効化するという特性を持つ。リリィが言うには多段攻撃で攻めるのがセオリーらしいのだが……何の問題もなかった。チョップひとつで霧が霧散する。あとは、露出した核に一撃を加えるだけで倒せた。


 イビルミラー。浮遊する禍々しい鏡だ。赤・青の二種類が存在し、必ず混在したグループで出現する。厄介なのはその特性。赤は物理攻撃を反射し、青は魔法攻撃を反射する。しかも、コイツらは近くの仲間を守るのだ。青のイビルミラーを物理攻撃で攻撃しても、赤のイビルミラーがカバーに入る。非常に面倒なモンスターだ。だが、チョップの前では無力だった。赤かろうが青かろうが、チョップは全てを粉砕する。パリンパリンと割れる音が心地良い。


 ツールで改造しているわけじゃないとはいえ、やっていることはチート行為と変わらない。運営側が意図していないはずの挙動を故意に引き起こしているわけだからな。正しくゲームをやりたい俺としては、複雑な思いがある。


「凄い凄い! 配信したい! 配信したいよぅ! せめて、動画に撮っとこう!」

「あはは! アルサーの頃より凄くなってるね!」

「ダーリンにかかれば、こんなものなのです!」


 せめてもの救いは、みなが楽しそうにしている点だな。


 とはいえ、やはり良いことばかりでもない。強敵を次々と倒しているせいでレベルアップ速度も尋常ではないのだ。すでに、他のプレイヤーの追随を許さないほどレベル差が広がってしまっている。普通にゲームを楽しむなら、キャラクターは作り直した方がいいかもしれないな。まあ、全てはデスゲームを阻止してからだ。


 現れる敵をことごとくチョップで蹴散らした先で俺たちを迎えたのは、立派な扉だった。ただし、意味ありげな青白い光が、扉を覆っている。


「この先に呪鍛の鍛冶鎚があるのです。封印が施されているので、まずはそれを解かないとダメなのですが……」


 リリィがちらりと俺を見た。同じような視線がウェルンとユーリからも飛んでくる。


「なんだか普通に開けられそうな気がするのです」

「最悪、扉はダメでも、隣の壁を壊せばいいんじゃない?」

「今は急いだ方がいいしね。ショウ、やっちゃってよ!」


 明らかに無茶振りだが、正直に言えば、俺もなんとかなりそうな気がする。デジタルデータはすぐに壊れるからな、実際。


 この理不尽な体質に何度困らされたことか。だが、だからこそ、たまには役に立ってもらわないとな!


「よし、開けるぞ」


 宣言して、扉に触れる。その瞬間、バチリという音が響いた。反応はそれだけ。一見すると何も起きていないかのようだ。だが――……


「ねえ、明るさが変わってない?」


 ユーリが扉を指さす。言われてみれば、扉を覆う光の明るさが緩やかに変化していた。ゆっくりと暗くなり、そのあとまた明るくなる。その繰り返しだ。


 とはいえ、重要なのは扉が開くかどうか。体当たりするように、体全体で押し開こうとしてみるも、扉はビクともしない。


「むむぅ。ダメなのですか……」


 リリィが険しい表情で扉を叩く。俺の体質が利用できればと思ったが、そうそう上手くはいかないらしい。真面目に仕掛けを解除した方が早いかもしれないな。


「待って。変化が早くなってる! 嫌な予感がするんだけど……」


 不意にウェルンが声を上げる。その指摘通り、扉を覆う光の変化はさっきよりもかなり早い。もはや明滅していると言ってもいいほどだ。それが何を意味するのかはわからないが、不安を煽る挙動だった。


 それだけでは終わらない。いつからか、扉からジジジと異音が聞こえてくる。大きな音ではないが、途切れながらも続く不気味な音は、とても正常な動作とは思えない。まるで壊れた電子機器の呻き声のようにも聞こえる。


「こ、これは! 爆発するのです! 逃げるのです!」


 ついに、リリィが致命的な言葉を口にした。薄々予感していた俺たちは、一斉に走り出す。


「また!?」

「ショウ、もっと穏便に開けられないの?」

「知るか! できるならやってる!」


 近場の岩陰に隠れ、様子を窺っていると、程なくしてドォンと音が響いた。やはり爆発したらしい。扉の方を見れば、跡形もなく消し飛んでいる。巻き込まれていれば、戦闘不能で街まで戻されていたことだろう。


「やっぱり、ズルは良くないか」


 正規の手順を踏んでいれば、こんな危険な目に合わなかったはずだ。調子に乗ってはダメだと反省したのだが……周囲の反応は微妙だ。何故かみんなきょとんとしている。


「え? でも、今は急いでるわけだし」

「そうだね。危なかったけど、時間短縮にはなったよ」

「結果が良ければヨシなのです!」


 死に戻りのリスクがあったというのに、気にした様子もない。いや、俺が細かいことを気にしすぎなのか?


 まあ、確かに時間短縮にはなった。行く手を阻む扉はなくなったわけだからな。


 ここから見る限り、奥の部屋はかなり広い。最奥には台座があり、そこにハンマーが鎮座しているようだ。


「あれが呪鍛の鍛冶鎚か」

「そうなのです! まだ持ち去られてなかったのです!」


 リリィが笑顔で頷く。どうやら、フラグイベントはまだ始まっていないらしい。これなら、デスゲームを阻止することができそうだ。


 ハンマーを確保すべく俺たちは部屋の中に入った。中央付近まで歩いたところで、バタンと扉の閉まる音がする。


「しまった、罠か!?」


 慌てて背後を振り返った。そこには、完全に閉ざされた扉が――あるわけがない。さっき吹き飛ばしたので。


「……閉まってないね」

「何の音だったのかな?」


 ウェルンとユーリが首を傾げている。俺もわけがわからずリリィへと視線を向けた。リリィはむむと唸ったあと、ポンと手を打つ。


「何かわかったのか?」

「はいです。本来なら扉が閉まるギミックが用意されていたみたいなのです」


 現実のような再現度でも、ここはあくまでゲームの中。剣を振ったとき、足踏みをしたとき。プレイヤーの行動にともなって様々な音が鳴るが、それらはあくまで行動にあわせて音を鳴らすという別の処理を実行しているだけらしい。


 つまりどういうことかというと、さっき起動したギミックでは、扉の音を鳴らす処理と扉を閉める処理が実行される予定だったわけだ。しかし、俺が壊したせいで肝心の扉が消失している。そのせいで、音が鳴る処理だけが実行されたらしい。


「ついでに言うと、扉が閉まったあとにボスが出る予定だったのです」

「……出てこないぞ」

「扉が閉まってないので、出ないのです」


 正確に言えば、閉まるべき扉がない、のだが。俺が扉を壊してしまったので、ボスの出現をスキップしてしまったようだ。今は時間が惜しいのでありがたいが……普通のときにやったら大顰蹙だいひんしゅくを買っていただろうな、これ。

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