28. ぶっ潰してやろう
今日も今日とて、アルセイにログインする。が、その日は普段と違った。いつもなら、早々に挨拶をくれるリリィの姿が見当たらない。
「ぬぅ……どうすべきなのです? ぬぬぬ……」
と、思ったらいた。いつもログアウトする宿屋の一室。そのベッドの陰に隠れる形でしゃがみ込んでいるようだ。
「どうした、リリィ」
「あ、ダーリン! おかえりなのです!」
声を掛けると、ぱっと振り返り笑顔を浮かべる。この辺りの反応はいつも通りだ。
「ああ、ただいま。それで何を唸ってたんだ」
「そうだったのです! 大変なのです! どうすれば、どうすれば……」
だが、やはり何らかの問題を抱えているようだ。尋ねると、落ち着きなく行ったり来たり、狭い室内をうろうろと動き回りだした。どうすればと喚くばかりで、まったく事情が見えてこない。
「落ち着け」
と言いつつインベントリから取りだしたのはサンドイッチ。リリィのリクエストに応えて用意していたものだ。それをリリィの届かない高さに掲げてみせる。
「はわっ!」
気づいたリリィの視線が釘付けになった。右に揺らせば、リリィも右に移動する。左に揺らせば、やはり左に。なかなか面白いがほどほどにしておいて、それをリリィの手の届く範囲に下ろしていくと……ぱっと飛びついてサンドイッチをキャッチした。そのままハグハグと食べ始める。
「ほら、これも飲め」
あまりに勢いよく食べるので心配になり、ハーブティーも渡してやる。これも料理スキルで作ったアイテムだ。初期レシピで作れる。
「ぷは~……美味しかったです」
「そりゃ、良かった。ま、落ち着いて話せ」
「あ、そうなのでした!」
お腹が満ちて少し余裕が生まれたのか、今度こそリリィが意味のある内容を話し始めた。
「さっき、全AIに通知があったのです! デスゲームの開始イベントが前倒しになるのです!」
「……デスゲーム?」
「そうなのです! あと一つで全てのイベントフラグを潰せたのですが……」
さて、この話をどう受け取るべきか。普通に考えれば冗談なのだが、話しているのがアルセイの関係者であるリリィだ。不謹慎な冗談を口にするタイプではないし、先日の邪神イベントでのリアクションもいつもの騒ぎ方とは少し違う気がしていた。
笑い飛ばすことはできないが、正面から受け止めるのも難しい。判断に迷った俺はユーリやウェルンたちにも声をかけることにした。
集合場所は、いつかも利用したアルカディアの民が運営するカフェ。ユーリとウェルンの他に、何故かペロリの姿もある。まあ、相談相手は多い方が良いかと気にしないことにした。
「――というわけで、アルセイは危ないのです!」
手をバタバタ振り回してリリィが危険を訴える。ウェルンは展開についていけないらしい。目を丸くして、ぽかんと口を開けている。一方でユーリとペロリは終始険しい表情をしていた。
「ユーリ君、これは……」
「ええ。あの通報は事実だったみたいですね」
リリィの話が終わると、二人はお互いの顔を見て頷き合う。彼らの顔に驚きはあるが、戸惑いはなかった。
「もしかして、知っていたのか?」
尋ねると、ユーリは曖昧な表情で頷いた。
「知っていた……と言っていいのかは微妙だね。アルセイでデスゲームが行われるって通報があったから念のために警戒していたってところかな」
「とはいえ、通報者が匿名でね。連絡もつかないので信憑性は低いと判断されていたのだよ」
補足したペロリもユーリと同じような表情だ。おそらく、悪戯か何かだと思っていたのだろう。警戒してたなんて言っているが、二人ともゲームを満喫しているようにしか見えなかった。
「ねえ、もしかして通報したのって」
「リリィなのです! ダーリンがデスゲームはダメだって言ってたのです!」
……はい?
デスゲームはダメに決まってるんだが、そんなことを言った覚えはない。
いや、もしかして、アレか? キャラメイクの時、デスゲームに興味があるかとリリィに聞かれた記憶がある。そのときはぎょっとしたものだが、どうせ冗談だと思って、そのまま忘れていた。
「ショウも知ってたの?」
ユーリが責めるような目で見てくる。俺がきっちりと通報していればってことなんだろうが。
「そのときはリリィのこともよく知らなかったしな。さすがに本気とは思わないだろ」
「まあ、そうだよねぇ」
肩を竦めると、ユーリも軽く息を吐いて頷いた。
結局のところ、根拠となるのはリリィの証言だけなのだ。俺は……そしておそらくユーリたちも、今ならばリリィの言葉が真実なのではないかと思える。だが、それは多少なりともリリィと交流して、裏表がないヤツだと知っているからだ。そうでなければ、とても信じられないだろう。
「とはいえ、これで警察が動くんだろ?」
「あー、それなんだけどね……」
ユーリが申し訳なさそうな顔で首を横に振る。通報を受けて警戒していたというからには、ユーリとペロリは警察の関係者なのかと思ったが、どうも少し違うらしい。
「まず、私とペロリさんは警察官じゃないの」
「言うならば、民間の下請けってところだな」
二人が所属するのは、サイバーフロンティア相談事務所という民間会社らしい。広がり続けるサイバー空間において、サイバノイドと人間の交流は加速している。が、それは同時に数多のトラブルをもたらした。サイバーフロンティア相談事務所はサイバノイドとのトラブルについて相談を受け、アドバイスを送るというのが本来の仕事らしい。
「それが、何で警察の下請けを?」
「人手が足りてないんだって。悪戯の通報も多いからね。優先度が低いと判断されるとうちみたいなところに調査依頼がくるの」
「一応調査はしましたよというアピールだな。だが、まあときには、本当に事件性があるので馬鹿にはできんのだ。今回のようにな」
そんな事情はともかく、二人はあくまで民間会社の社員であり、依頼されているのはあくまで調査。基本的には逮捕権はない。ただし、緊急時にはサイバノイドをサイバープリズンに移送する権限を持っているそうだ。
サイバープリズンは、サイバー空間に用意された牢獄。閉じ込められたサイバノイドは演算能力を著しく制限される。だが、移送するにはサイバー空間上で対面していなければならないらしい。
「何にせよ、警察を動かすには証拠が必要なの。リリィちゃんの証言だけだと厳しいかも」
「証拠なのです? だったら、これがあるのです!」
ユーリの言葉を受けて、リリィがインベントリから取りだしたのは影人の王とやらが持っていた捧魂の剣とバラバラに砕けた封印石の残骸だった。
「これは?」
「これがデスゲームのトリガーになるアイテムなのです!」
リリィが言うには、アルセイ内の魂という言葉は、プレイヤーのことを指しているらしい。魂が狩られるということは現実の死を意味する。そして、その被害者が一定数出た時点で、ゲームはログイン不可能になり、デスゲームが始まるのだとか。
「もしかして、この剣で切られたら……」
「ダーリンは死んでたのです!」
「嘘だろ」
知らなかったとはいえ、ずいぶんと無謀なことをしたものだ。いや、アイツの攻撃に当たる気がしなかったが。
「ゲームオブジェクトだけじゃ証拠にはならないけど……ペロリさん?」
「うむ。関連付けられたイベント情報を解析すれば辿り着けるだろう。そちらは私がやっておく」
ユーリの目配せに、ペロリがしっかりと頷いた。料理をやっているときは、喧しいおっさんだが、こうして見ると頼りになりそうだな。ギャグっぽい無駄に長いコック帽のせいで台無しだが。
これで一件落着……となれば良かったのだが、残念ながらそうはいかない。警察が動くのはどんなに早くても二、三日かかりそうだという話だ。
「それじゃ困るのです! デスゲームが始まっちゃうのです!」
リリィが言うには、原因不明のアクシデントでデスゲームのフラグとなるアイテムが相次いで消失したことを受け、運営を管理するサイバノイドが最後のフラグイベントを前倒しして実行することに決めたらしい。現在進行形でイベントが進んでおり、このままでは遠からず犠牲者が出る可能性があった。
とはいえ、今進行中なのはあくまでフラグイベントである。
「なら、始まる前に潰せばいいんじゃないのか? 邪神のときと同じなら大した危険はないだろ」
「敵は邪教徒よりも手強いはずなのですが……まあ、現実の死がないという意味では同じなのです!」
安全を考えるなら、全てを警察に任せて、ログインを控えるのが正解だろう。とはいえ、僅かな遅れが人の死を招くかも知れないというのなら座視はできない。
というか、せっかく人がゲームをまともに……いや、まともかどうかは置いとくとして、楽しんでいるんだ。それを台無しにしようとするヤツには一泡吹かせてやらなくては気がすまない。
「なら、行くか。ぶっ潰してやろう」
俺の宣言に、ユーリが頷く。
「私も行くよ。引き受けた以上、ちゃんと仕事はしないと」
俺たちの目がウェルンを向いた。
「ほ、本気? 警察に任せた方がいいんじゃない?」
リリィが言うには、今から動けばフラグイベント完了前に潰せるだろうという話だが、それも絶対とは言えない。今回だってイベントが前倒しされているわけだしな。フラグを潰しに言っている最中で、イベントが完了してしまえば、最初の犠牲者になるのは俺たちの誰かかもしれない。
「そうだな。特別な事情がない限り関わらないのが賢い選択だ」
「うん。ウェルン君はしばらくゲームを控えて」
俺とユーリでそう勧めると、ウェルンはがしがしと頭を掻いた。
「もう! 二人は行く気なんじゃん! だったら俺も行くよ」
ユーリと二人で顔を見合わせる。追い詰めてしまったか。
「本当に付き合う必要はないんだぞ。正直言って、ここで立ち向かうのはただの馬鹿だ」
「それはショウだけでしょ。私はちゃんと仕事だから。そうじゃなきゃ、わざわざ出向かないって」
「いや、仕事って言うなら最低限は果たしてるだろ。それでも行こうっていうなら、馬鹿だろ」
「えぇ? ショウには言われたくないなぁ。私が馬鹿ならショウは大馬鹿だよ」
何故か懐かしい気分だ。昔は二人でこんなやりとりしたな。
「いいの。俺も決めたから。二人にだけいい格好はさせないよ」
ウェルンが俺とユーリを見据える。そしてニカッと笑った。
「それにデスゲームの阻止でしょ? すっごい動画ネタじゃん! 配信者として見逃せないよ!」
「いや、さすがに配信するのはどうなんだ?」
「事件が解決したあとなら大丈夫なんじゃない? 舞台裏とかって言って配信したらバズりそうじゃない?」
言ってはなんだが、みんな馬鹿だな。だが、不思議とワクワクしてくる。
「って、わけだ。リリィ、ゲームを続けるためにも、そいつらをぶっ潰してやろうぜ!」
「はい、なのです!」
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