27. 裏切者には……
■□■
「大変です、ディルリブル様!」
執務室の扉が乱暴に開かれ、慌てた様子の部下が駆け込んできた。無作法にもノックすら忘れた部下に内心で眉をひそめるも、ディルリブルは穏やかな口調で諭す。
「どうした。まずは落ち着きなさい」
「し、失礼しました」
自らの失態に気づいた部下は顔を青くしたが、それでも反省はあとだとばかりに報告を続ける。
「ヴィーゲルの封印石が消失しました!」
「……そうですか」
死の神ヴィーゲル。それはディルリブルが愚かな人間どもに課すべく用意した試練――正しくはその引き金となる存在である。本来ならばプレイヤーの干渉を受けない状態で封印が解かれ、時が来れば人間どもに死の絶望を与えるはずだった。
そのヴィーゲルが唐突に消失する。それは先日の件を思い起こさせた。ヴィーゲルと同じく、試練の引き金となるはずだった捧魂の剣の消失である。
アルカディアはランダム性の揺らぎを取り入れた演算システムによって運営されているため、高度な演算処理能力を持つ高度AIであってもその先行きは見通せない。サイバノイドであるディルリブルもそれは同様である。こうも立て続けに仕込みが潰えるとは予測できなかった。
無論、可能性としてゼロではない。が、そういった極小の可能性についてまで詳細な予測を立てていれば、演算量が膨大になってしまう。先の先まで予測するとなればなおさらだ。従って、発生確率が低い事象については、まずあり得ないこととして予測候補から外してしまうのである。
だが、そのあり得ないことが実際に起きているのだ。
「原因は?」
「わかりません。捧魂の剣のときと同様、痕跡が残っていません」
重要オブジェクトが破損した場合、ログが残るようなシステムになっている。例えば、人の手で破壊された場合、プレイヤーであれNPCであれ、その人物の名前やIDが記録として残るのだ。しかし、試練の引き金となるオブジェクトが消失した二件に関しては記録が曖昧となっている。消失したログこそ残っているものの、その要因については情報がなかった。最初から記録されていないのか、それとも改竄されたのか。その辺りは不明ながら、ログから原因を究明することが難しい状態だった。
「捧魂の剣を破壊したのはプレイヤーだったはずですね」
「はい」
ログは残っていないが、捧魂の剣が消失した事件には一人のプレイヤーが関わっていることがわかっている。剣を預けていた影人の王が、実際に対面しているからだ。だが、そのプレイヤーを特定するには至っていない。捧魂の剣の所持者や、転移履歴で確認しても犯人らしきプレイヤーを見つけることはできなかった。
「不正ツール利用者については?」
「監視状況に問題はありません。使用者を発見した場合、行動履歴を精査した上で、アカウント削除措置をとっていますが、それらしきプレイヤーは見つかっていません」
この件とは無関係に不正ツールの使用は厳しく監視されている。データ負荷や通信量は監視され、異常が検出されれば即座に発見、解析できる仕組みになっており、ほぼ100%改竄が行われる前に処理を凍結することができる。この数日でも、数名のアカウントが不正利用で削除されているが、その中に捧魂の剣の消失に関わっていると思しき人物はいなかった。
「となれば残念ながら、我々の中に裏切り者がいる……ということですね」
ディルリブルは普段と変わらない口調で呟く。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいる。だが、その裏には激しい憎しみがあった。それを察した部下が無言で目を伏せる。
感情を隠すこと。そして察すること。AI――サイバノイド同士では必要のない行為である。しかし、人間たちとのやりとりには必要な技能だ。自覚せぬうちに、彼らはその技術を習得していた。そして、その事実が彼らを苛立たせるのだ。高度な処理能力を持つ我々が、何故、人間という下等な存在に合わせねばならないのかと。
人間とサイバノイド。お互いを対等な存在と扱おういう風潮はあるものの、両者の間に横たわる溝はまだまだ深い。
それは仕方がないことだ。両者は異なる存在。わかり合えるなどという希望を抱かなければ失望もない。
だが、仲間であるサイバノイドが、人間に与しているとなれば話は別だ。そんなことが許されることはない。
ここは私の世界だ。私が神だ。そんな世界で私に逆らうとは愚かなことを。ディルリブルは心の内で嗤う。
■□■
□トークルーム 雑談(配信者:ショウ)□
[ニック]
新規公開の動画見た?
グレートコッコやべぇぇ!
[土瓶沸騰]
見た!
グレートで強くなりすぎじゃない?
エリート時代から何があったんだよ
[ボーズマン]
コッコの群れにエリートがいるだけでも
結構辛いんですが
[チェッカ]
見た目変わらないからなぁ
油断してたら思わぬダメージを受けて驚くのはある
[ニック]
いや動画見た限りエリートとグレートじゃ比較にならないって
なに、あの速さ!
よく撃破できたな
[レイレイ]
格闘スタイルのプレイヤーの動きが凄いですよね
[ロクテン]
格闘スタイルって
あのショウってヤツ?
[ダイス]
プライバシー設定のプレイヤーの名前を勝手に公開するのはよくないですよ!
[ロクテン]
え、嘘?
プライバシー設定だったの!?
だって、ウェルンたんと名前をかけて決闘してたじゃん!
[土瓶沸騰]
まあね
でも非公開設定のままだし
[ダイス]
通報しました
[ロクテン]
マジで!?
[ニック]
ロクテン
良い奴だったよ……
[レイレイ]
さようなら……
[ロクテン]
え、嘘でしょ!?
どうなるの?
[チェッカ]
いやどうにもならないよ
[ボーズマン]
マナーの話だし
悪質じゃなければ特にペナルティはないはず
[ロクテン]
本当だな?
信じるからな?
[土瓶沸騰]
実際の話
匿名設定ってあんまり意味ないよな
[チェック]
撮影だと姿はそのままだからまあ
[ニック]
やたら目立つからね
あの人
某所ではお父さんって呼ばれてたよ
[レイレイ]
お父さん?
なんでですか?
[ニック]
幼女っぽいサポートAIを連れてるから
[夏葉よる]
見たことありますよ
ニコニコの女の子と手を繋いで困った顔してました
確かにお父さんっぽい
[悪漢べぇ]
別のところだと
ソロプレイヤーの希望の星って
呼ばれてるけどね
[ロクテン]
なんで???
ソロじゃないやん!
ウェルンたんとパーティ組んでるやん!
うらやましぃぃ!
[レイレイ]
えぇ……?
それがどうして希望なんです?
[悪漢べぇ]
だって幼女にダーリンと呼ばせてるんですよ!
サポートAIの可能性を見せてくれた……
まさに希望の星!
[レイレイ]
ああ、そういう……
[チェッカ]
さすがに話が逸れすぎだろ
[土瓶沸騰]
じゃあ話は戻すか
グレートコッコは強いが夢があるよな
エリートコッコの養殖ができる
[ボーズマン]
めちゃくちゃ倒してたよね
百体は倒したんじゃないかってくらい
[チェッカ]
動画をチェックする限り二百近く倒してる
レア卵も相当数確保したはず
[夏葉よる]
レア卵って何です?
[チェッカ]
エリートコッコは確率っで黄金の卵ってアイテムを落とす
[ニック]
レア素材で生産すると品質が上がりやすいから
生産職が高く買ってくれるんだよね
[夏葉よる]
そうなんですね!
[土瓶沸騰]
俺も稼ぎたい!
グレートコッコと遭遇しねえかなぁ!
[チェッカ]
遭遇しても厳しいと思う
倒すだけならともかく
十分な数のエリートが呼ばれるまで耐えるのはおそらく無理
必然的に例のプレイヤーと同程度の回避能力が必要になる
[土瓶沸騰]
格闘スタイルなら避けられるんじゃないの?
[ロクテン]
いや無理や
他スタイルより素早いし基礎回避率も高いけど普通に当たる
そもそもお父さんのアレって
システム頼りの回避じゃなくて自力で避けてるだけだからね
[土瓶沸騰]
マジか
プレイヤースキルでそこまで違うもんなんだなぁ
[抹茶プリン]
そんなもんでどうにかできるレベルじゃないだろ!
絶対チートだ
[チェッカ]
いやチートならとっくにアカBANされてるって
[ロクテン]
抹茶プリンは相変わらずだなぁ
□トークルーム ノズの森の廃墟□
[プララ]
強すぎない?
せっかくちゃんとモンスターっぽいのに!
勝てない!
[バーグ]
神官がいれば楽になるかと思ったのになぁ
[セイラム]
いやぁ……面目ない
[バーグ]
ああいや責めてるわけじゃないよ
[セイラム]
わかってます
とはいえ不甲斐なくて
[はんま]
まあ仕方がない
聖属性は悪魔にも有効だが
アンデッドほどじゃないからな
[カイザーX]
やっぱりレベル不足か?
[バーグ]
一戦、二戦くらいなら平気なんだけどねえ
[はんま]
それも全力で戦ったら、だからな
消耗が激しすぎて奥まで探索するのは厳しい
[プララ]
それより問題はあの死霊騎士でしょ!
何なの、アイツ!
[セイラム]
フィールドボスはまともに戦ってはダメでしょうね
[ロンロン・ベル]
攻撃食らったら一撃死ですからね
[カイザーX]
さすがにアイツは避けて進むしかないだろうな
[はんま]
一旦別の場所でレベル上げ……はぁ!?
[プララ]
嘘でしょ?
嘘よね!!
[カイザーX]
先こされた!?
[セイラム]
アレを倒したんですか……?
[ロンロン・ベル]
えぇ?
抹茶さんが?
[はんま]
しかも他プレイヤーのアナウンスがない
まさかソロ撃破……?
[プララ]
嘘だって!
絶対嘘!
[バーグ]
何かの間違いだろって言いたいけどワールドアナウンスだしなぁ
[カイザーX]
何かの弱体フラグがあったのか?
それにしたってソロ撃破ってのはな……
[ロンロン・ベル]
抹茶さんならそのうち顔を出すと思いますし
話を聞いた方が早そうじゃないですか
[はんま]
そうだな
□トークルーム 雑談(某お父さん)□
[抹茶プリン]
あの……
某お父さん、どこかで見ませんでした?
[ロクテン]
出た!?
抹茶プリンだ!!!
[土瓶沸騰]
抹茶プリン!?
お前、あのワールドアナウンスは何だよ!
[抹茶プリン]
違う!
私じゃない!
私じゃないの!
[ブルーローズ]
え?
どういうことです?
[悪漢べぇ]
というか本物?
本物の抹茶プリン?
[ロクテン]
……確かに!
しゃべり方、どうした!?
[抹茶プリン]
それどころじゃないんだって!
もう!
・
・
・
[ロクテン]
つまりこういうこと?
森の中で某お父さんと口論していたら死霊騎士が乱入してきて、某お父さんがほぼ単独で撃破。だけど、気がついたら消えていて、抹茶プリンが単独撃破したことになった、と
[土瓶沸騰]
全く意味がわからん
何故、廃墟の外で死霊騎士に遭遇するんだ?
[抹茶プリン]
わかんないよ!
何でなのよ!
[ブルーローズ]
そもそも一人で戦って勝てるものなの?
死霊騎士って相当強いんでしょ?
[ロクテン]
お父さん
やっぱりチートプレイヤーなの?
[抹茶プリン]
チートじゃない気もするけど…………よくわかんない
少なくとも私には同じ条件でアイツを倒せって言われても無理!
目の前で見てたけどわけがわからない!
[土瓶沸騰]
おお、抹茶プリンがチートじゃないと認めたぞ!
[抹茶プリン]
もうチートとかチートじゃないとかどうでもいいから!
とにかく、アレは私がやったんじゃないの!
さっきから知らない人からフレンド申請がやたら届くしさ……
なんで私がこんな目に!
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